37人が本棚に入れています
本棚に追加
05
「ジャック、駄目だ、入るんじゃない」
ジャックは、少年の静止も聞かずに、洋館の扉を鼻で押し開け、中に入る。どうやら、玄関扉まで開いていたらしい。
少年は家に入ってしまうのをかなり躊躇ったが、何か怖いことがあればすぐに出れば良いと己を宥め、意を決して洋館に入り込んだ。
中は嫌に閑散としている。
暗がりでよく見えないが、玄関からの廊下は、左右に分かれているようだ。
ジャックはもう既に玄関を出て、どちらかに行ってしまった。だが、ジャックは走っているのか、やたらに爪を立てる音が聞こえる。
どうやら、左に行ったらしい。
廊下を曲がると、まず見えたのは食堂のような場所だった。立派な長机が置かれ、高級感がある。
まさか、ここに?
おそるおそる足を踏み入れる。
広い食堂だ。
暗くてよく見えないが、全体に気品があるのは分かる。
「ジャック?いるのかい?」
少年が見回していると、いきなり、食堂の電気が灯った。
「ぎゃあああああ!」
少年は叫んだ。何かと目が合ってしまったからだ。
しかし、その正体は壁に掛けられた鹿の剥製であった。
ああ、驚いた。
だが、どうして勝手に電気はついたのだろうか。人を感知すると、電気が灯る設定なのだろうか。厭、それならば少年が入って直ぐに点いた筈だが…
深く考えないことにしよう。ジャックはどうやらここにはいない。
戻りかけて、少年はあっと驚く。
長机に、食事が並べられている。
どういうことなのだろうか。
まさか、ここで誰かが…
いや、そんな筈はない。
少年は大きく首を振った。
ちらりと、料理を覗く。
皿の上に、黒い塊のようなものが置かれている。
見たことのない食べ物だ。
眺めていると、その塊がいきなり、もぞもぞと動き出すではないか。
少年は悲鳴を上げた。
あれは食べ物ではない、少なくとも人間が食べるようなものではないのだ。
少年は、慌てて部屋を後にした。
廊下は更に続いている。
ジャックの足音が、いつの間にか聞こえなくなっている。
次に見えたのは、居間だった。
大きなソファに、机が囲まれている。
奥には、台所も見える。
暗がりを手探りで進む。流石に、二階まで上がるということはないだろうから、ここにジャックがいる可能性は高い。第一、ジャックは階段を上るのがあまり得意ではないのだ。
「ジャック、出ておいで。もう帰ろう。こんなところにいちゃダメだ」
少年は、声を潜めて呼び掛ける。
すると、またしても電気が点った。
「ジャック!そこで何をしてるんだ!」
ジャックは、ソファの下で何かを貪っていた。
「まさか、ドッグフード?」
皿のようなものに、ジャックは顔を埋めている。
いや、違う。
これはドッグフードなどではない。
隙間から見えるのは、黒々とした物質だ。
あの、食堂で蠢いていた物質に違いない。
「よせ、そんなもの食べるんじゃない」
引き離そうとすると、ジャックはこちらを威嚇するような顔を見せる。
ジャックの顔が、黒くなっている。
少年が驚いて手を離すと、ジャックは再び皿を貪り始めた。
「どうしてそんなものを食べるんだ。お前は一体どうしたんだ、ジャック。こんな莫迦なことはやめて、もう帰ろう。この家、何だか怖いよ」
ジャックは振り向きもしない。
少年はショックだった。今までにジャックがこんな反応を見せたことは一度もなかった。ジャックは温厚で、利口な子なのだ。ジャックは、この家を見てから明らかに様子がおかしくなってしまっている。
少年がどうしたものかと考えていると、台所からぱたん、と音が聞こえた。
人の足音のようにも聞こえた。
何かが、台所にいる。
少年は身震いした。
そして本能が、逃げろと少年に命じた。
ぱたん。
足音がまた聞こえる。
少年は構わず皿を貪るジャックを勢よく抱きかかえた。
ジャックが怒って、少年の腕を噛む。
痛くて、酷くショックだったが、仕方ない。
今、この子は普通の精神状態ではないのだ。
とにかく、連れ帰らないと。
少年はそう念じ、勢いよく居間を出た。
最初のコメントを投稿しよう!