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「ジャック、駄目だ、入るんじゃない」 ジャックは、少年の静止も聞かずに、洋館の扉を鼻で押し開け、中に入る。どうやら、玄関扉まで開いていたらしい。 少年は家に入ってしまうのをかなり躊躇ったが、何か怖いことがあればすぐに出れば良いと己を宥め、意を決して洋館に入り込んだ。 中は嫌に閑散としている。 暗がりでよく見えないが、玄関からの廊下は、左右に分かれているようだ。 ジャックはもう既に玄関を出て、どちらかに行ってしまった。だが、ジャックは走っているのか、やたらに爪を立てる音が聞こえる。 どうやら、左に行ったらしい。 廊下を曲がると、まず見えたのは食堂のような場所だった。立派な長机が置かれ、高級感がある。 まさか、ここに? おそるおそる足を踏み入れる。 広い食堂だ。 暗くてよく見えないが、全体に気品があるのは分かる。 「ジャック?いるのかい?」 少年が見回していると、いきなり、食堂の電気が灯った。 「ぎゃあああああ!」 少年は叫んだ。何かと目が合ってしまったからだ。 しかし、その正体は壁に掛けられた鹿の剥製であった。 ああ、驚いた。 だが、どうして勝手に電気はついたのだろうか。人を感知すると、電気が灯る設定なのだろうか。厭、それならば少年が入って直ぐに点いた筈だが… 深く考えないことにしよう。ジャックはどうやらここにはいない。 戻りかけて、少年はあっと驚く。 長机に、食事が並べられている。 どういうことなのだろうか。 まさか、ここで誰かが… いや、そんな筈はない。 少年は大きく首を振った。 ちらりと、料理を覗く。 皿の上に、黒い塊のようなものが置かれている。 見たことのない食べ物だ。 眺めていると、その塊がいきなり、もぞもぞと動き出すではないか。 少年は悲鳴を上げた。 あれは食べ物ではない、少なくとも人間が食べるようなものではないのだ。 少年は、慌てて部屋を後にした。 廊下は更に続いている。 ジャックの足音が、いつの間にか聞こえなくなっている。 次に見えたのは、居間だった。 大きなソファに、机が囲まれている。 奥には、台所も見える。 暗がりを手探りで進む。流石に、二階まで上がるということはないだろうから、ここにジャックがいる可能性は高い。第一、ジャックは階段を上るのがあまり得意ではないのだ。 「ジャック、出ておいで。もう帰ろう。こんなところにいちゃダメだ」 少年は、声を潜めて呼び掛ける。 すると、またしても電気が点った。 「ジャック!そこで何をしてるんだ!」 ジャックは、ソファの下で何かを貪っていた。 「まさか、ドッグフード?」 皿のようなものに、ジャックは顔を埋めている。 いや、違う。 これはドッグフードなどではない。 隙間から見えるのは、黒々とした物質だ。 あの、食堂で蠢いていた物質に違いない。 「よせ、そんなもの食べるんじゃない」 引き離そうとすると、ジャックはこちらを威嚇するような顔を見せる。 ジャックの顔が、黒くなっている。 少年が驚いて手を離すと、ジャックは再び皿を貪り始めた。 「どうしてそんなものを食べるんだ。お前は一体どうしたんだ、ジャック。こんな莫迦なことはやめて、もう帰ろう。この家、何だか怖いよ」 ジャックは振り向きもしない。 少年はショックだった。今までにジャックがこんな反応を見せたことは一度もなかった。ジャックは温厚で、利口な子なのだ。ジャックは、この家を見てから明らかに様子がおかしくなってしまっている。 少年がどうしたものかと考えていると、台所からぱたん、と音が聞こえた。 人の足音のようにも聞こえた。 何かが、台所にいる。 少年は身震いした。 そして本能が、逃げろと少年に命じた。 ぱたん。 足音がまた聞こえる。 少年は構わず皿を貪るジャックを勢よく抱きかかえた。 ジャックが怒って、少年の腕を噛む。 痛くて、酷くショックだったが、仕方ない。 今、この子は普通の精神状態ではないのだ。 とにかく、連れ帰らないと。 少年はそう念じ、勢いよく居間を出た。
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