07

1/1
前へ
/29ページ
次へ

07

「おい、ジャック、嘘だろ!」 少年は、その場に崩れ落ちた。 少年が部屋に戻ると、ジャックは既に絶命してしまっていたのだ。彼の部屋の窓の下敷きになって。 その惨状は、誰が見ても明らかなものだった。 「そんな…ジャック…嘘だと言ってくれよ…」 ジャックは、外に面するこの窓を突き破ろうとしたのだ。 そして、無理に力を加え続けた結果、元々建付けの悪かった窓が外れ、ジャックの真上に覆いかぶさった。 ージャックは、あの洋館に行くために、外に出ようとしたのだー 少年は今朝、ジャックを部屋から出ないようにして、学校に向かったのだった。それがいけなかったのだ。 少年は果てしない悲しみに襲われた。少年は唯一の親友を失ってしまったのだ。こんなことになるくらいなら、あの洋館に行かせた方が良かった。ジャックを、ここに閉じ込めたのがいけなかった。少年は後悔と自責の念にとらわれた。 少年はむせび泣きながら、ジャックの亡骸を庭にそっと埋めてやった。少年は静かに祈り、涙を流し続けた。 夕食を取る時間になっても、少年は自分の部屋に閉じ籠ったままだった。 何もする気になれなかったのだ。 少年は涙さえも枯れ、ただ茫然と壊れた窓の外を見ていた。 日は既に落ち、月明かりが街を照らしている。 寂れた池。古びた屋根。見えるもの全てが殺風景で、それがまた少年を悲しくさせるのだった。 しかし、活気のない街に全く相応しくない豪華な屋根が、微かに見えたのであった。 あの洋館だ。 少年は瞬時に悟った。 そうか。ジャックはこの窓からあの洋館を見ていたんだ。 あの美しい家を、この窓から見ていたのだ。 そして、突き破ろうとした。 今、こうしてジャックと同じ景色を見ている。 いや、景色などではない。 あの家を見ているのだ。 少年は居ても立っても居られない心持ちになった。 ああ、あの美しい家に行きたい。 少年の思いはそんな思考に埋め尽くされていた。 屋根だけでは物足りない。 あの家の美しいその姿を見たいのだ。 少年は慌てて家を飛び出した。 ああ、美しい。 その家の艶めかしいまでの容貌に、少年は溜息を漏らした。 モダンな屋根に、繊細に造られた外観。幾つもの窓にあたる月明りが、家の妖艶さを引き立てていた。 どうしてこの家はこんなにも美しいのだろう。ジャックが、どうしてもこの家を見たかった理由が、今になって分かったような気がした。どうして自分は今まで、こんな美しいものを見過ごしていたのだろうか。どうしてジャックの気持ちを理解してやれなかったのか。 少年は家をひたすらに眺め続けていた。見ているだけで、吸い込まれてしまいそうだ。少年は目尻から、先程とは種の違う涙を垂れ流していた。 少年がうっとりと家を眺めていると、玄関扉が開き、誰かが出てくる。 「坊や、よく来たね。さあさ、そんなところにいたら風邪を引くよ。中に入ってお茶でも飲んでおいき」 黒い服を着た老女が、少年を手招きする。 とても優しそうな住人だ。まさにこの屋敷の住人として相応しい。 少年は門を開け、誘われるがままに中へ入る。 老女は玄関を上がり、食堂の前を通り、あの居間へと少年を導く。 「さあそこのソファにお座んなさい。今からお茶とケーキを出してあげるからね」 老女は笑顔でそう言った。 少年はソファに腰かけ、部屋を見回した。 中も実に優美な造りだなあ、と少年が感嘆していると、 「さあさ、お食べ、ケーキだよ。お茶も淹れてあるからねえ」 老女はまたにっこりと顔を綻ばせた。 少年はフォークを手に取り、眼前のケーキを口に運んだ。 食べた瞬間に、喉がうっと詰まったような感覚に襲われ、ケーキを吐き出し、嘔吐いてしまう。むせるように咳が止まらなくなる。 「おや?口に合わなかったかい?」 よく見るとテーブルには、ケーキなどではなく、例の黒い塊のようなものが蠢いているのであった。 ー僕は、何をしてるんだー 少年は我に返った。 あの黒い塊を、あろうことか口にしようとしていたのだ。 そもそも、何故自分はあの洋館にいるんだ。 どうやら、ジャックが死んで、気が変になっていたらしい。 早くここから出ないと。 「じゃ、じゃあ僕は用事があるので、帰ります」 少年はこちらを見つめる”黒い影”に話しかけ、後退りした。
/29ページ

最初のコメントを投稿しよう!

37人が本棚に入れています
本棚に追加