あいいれる

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「夏休み、皆でどこか行かない?」 日吉が、瀬名、大堂、美浜、羽柴の四人、つまりいつものメンバーに提案する。 「いいね」 「おう」 「うん」 「どこ行く?」 乗り気な様子の皆に日吉が頬を掻きながら付け加える。 「って言っても夏休みは基本バイト入れる予定だから、できればその前に行きたいかなとか思ってるんだけど」 「そんなにバイトがんばんのかー」 羽柴が驚きと呆れの声をあげる。 「長期の休みの内にしっかり稼いでおかないとって思っててさ」 「日吉えらいな。俺はそこまで考えてなかったわ」 最近バイトを始めたらしい美浜も感心している。 「何か欲しいものでもあるとか?」 「いや、お金が増えていくのが単純に嬉しくて」 瀬名の質問に日吉は親指と人差し指で輪っかをつくって答える。 「あー、それはなんかわかる。俺も最初の給料が今から楽しみだ」 美浜がうんうんと頷いている。 「で、希望がなければ水族館とかいいかなとか思ってるんだけど、皆はどう?」 「おっけー」 「何?水族館行くの?」 南雲(なぐも)が瀬名達のグループに声を掛けた。祝衣や稲川も一緒だ。 「おう」と羽柴。 「実はうちらも行こうって話してたんだ」 「じゃあ一緒に行くか」 「私はいいよ」 快諾した南雲は他の友人の意見を求めるように祝衣達の方を振り返る。 「いいじゃん、行こうよ」 稲川がオーケーし、祝衣と蔵町(くらまち)も「いいよー」と頷く。 「よし、決まりだ!」 羽柴が瀬達男子グループの方を見る。 「勝手に話進めたなー。まあいいけど」 日吉は特に嫌がる様子もない。もちろん瀬名も大堂も頷いた。 「じゃあ細かいことは追々決めるから、とりあえずグループつくっとこう」 日吉は携帯端末を取り出しながら言う。 そういう訳で、瀬名達は祝衣達とSNSのアカウントを交換した。これは瀬名としても喜ばしい事だ。瀬名は心の中で日吉に礼を言った。 夏休みも直前に迫る土曜日。瀬名達は水族館へとやって来た。全員で九人というかなりの人数なので、途中で誰かがはぐれたりしても気付かないのではないかと瀬名は思う。 ……というか、瀬名、そして祝衣は実際にはぐれた。 各々見て回りたいペースというものがあるし、館内のスペースも限られている。なので誰が言ったという訳じゃなくとも九人の中でも二、三人で行動する形になっていて、その時瀬名は祝衣と日吉と共に魚達を見ていた。しかしとある水槽の前で熱心に何かを観察している、瀬名と同い年くらいの少年がいて、彼が何となく瀬名の心に引っ掛かった。館内の薄暗がりの中だから瀬名はすぐにはわからなかったが、よく見てみるとその少年は城後だった。 瀬名が声を掛けようとすると、祝衣も城後に気付いたらしく「城後くん?」と彼に横から話し掛ける。 「おう」 特に驚いた様子もなく、城後は祝衣に顔を向ける。 「すごい熱心に見てたけど、何見てたの?」 瀬名の質問を受けて、水槽が瀬名にもよく見えるように城後が少し脇に移動する。瀬名は中を覗いてみる。 小さな水槽の中には一見水草しかないように見えるが、よく見てみると、水草に擬態しているタツノオトシゴのような魚がいる事に瀬名は気付いた。水槽に貼ってあるプレートによると、その魚はウィーディーシードラゴンというそうだ。 「シードラゴンってタツノオトシゴの仲間?」 「ああ」 「この子は城後くんのお気に入りの魚なの?」 「まあ」 城後は視線を水槽に向けたまま、瀬名と祝衣の質問に短く答える。瀬名と祝衣もウィーディーシードラゴンを眺めてみる。 体は木の枝のように細く、その中でも口と尻尾が特に細い。茶色っぽい体で流れに身を任せるように泳ぐその姿はまさに海に漂う海藻のようだ。見た目や動きは華やかでも何でもないが、その様から、何にも動じない余裕や優雅さを感じた瀬名は、何となく目で追いたくなってしまう不思議な魅力を感じた。瀬名は城後がウィーディーシードラゴンを好きなのもわかる気がした。 「他の奴らも一緒に来てたよな?追いかけなくていいの?」 城後の言葉で瀬名と祝衣は同時に「あっ」と声をあげる。二人揃って他の皆の事を忘れていた。 「一人で見て回ってるなら、城後も一緒に来る?」 離れ際に、答えは予想していたものの念の為、瀬名が提案してみるが、「いやいい」と城後にすげなく断られた。 「またね」 祝衣が小さく手を振ると城後は軽く頷いてそれに答えた。 瀬名と祝衣は、「うっかりしちゃったね」「迷子のお知らせとか流れたらどうしよう」などと話しながら、皆に追い付く為に足早に館内を進む。そして大中小様々な種類の魚が泳ぐ大きな水槽がある広いスペースで彼らと合流した。 「お、来た」 稲川が瀬名と祝衣に気付いた。他の皆も二人の方を振り返る。 「はぐれちゃってごめん」 「お待たせして申し訳ない」 「ぜんぜん。それよりあと四十分くらいしたら外でペンギンのショーやるみたいだから、それ見ようって話してたんだ。皆で行こう?」 二人が謝るも稲川や他の皆も別段気にする様子もない。 「ショーまで時間に余裕もあるし、何なら瀬名達二人でもう少しゆっくり見て回っててもよかったんだけどな」 日吉が瀬名に不敵な笑みを浮かべ、小声で言う。 「どういう意味かな」 瀬名は誤魔化してみたが、瀬名の祝衣への気持ちは日吉にはお見通しのようだ。きっと日吉はわざと瀬名と祝衣から離れて先に進んだのだろう。二人の時間をつくる為の小憎い演出だが、瀬名としてはありがたくもある。同時に、瀬名は折角の機会を活かしきれた自信がないので、日吉には申し訳なさもある。なのでいずれ彼には感謝と謝罪を込めてご飯でもご馳走しよう。瀬名はこっそりそれを心に決めながら水槽を見上げた。 水槽の上部からは青いライトが差していて、海面からの光を表現している。その下を鰯だろうか?瀬名は魚に詳しくないので確かな事は言えないが、小魚が群れをなして泳ぎ、更にその下にはマンタが空を飛ぶように両のヒレを動かしながらのんびりと泳いでいる。その他瀬名には名前がわからないがテレビなどで一度は見た事があるような大小様々な魚達が、南国の海を模した水槽内を自由に泳ぎ回っている。中には鮫もいて、小魚は食べられたりしないのか、それとも餌に苦労しないから狩りをする必要がないのだろうか。瀬名は水槽の中の世界に浸りながら、そんな事を考える。 良い席を確保しようと、瀬名達は早めにペンギンショーが行われる屋外ステージへと向かった。土曜日という事もあり、座席はもう半分近く埋まっていた。南雲が言うには、ここのペンギン達はかなり優秀らしく、人間の言葉を理解してるのでは、とも言われているそうだ。最近ではメディアにも取り上げられ始めたらしい。 「詳しいね」 祝衣が感心したように言うと、南雲は「何回か見たことあってさ」と楽しそうに答える。 そうこうしている内に会場全体に音楽が流れ始めた。ズンズンと響く重低音と、疾走感があるもののどこかコミカルなリズムは、瀬名をわくわくさせる。そして飼育員のお姉さんがペンギン達と共にステージに登場する。 「みなさ~ん。どうもこんにちはー。本日は当水族館にお越しいただき、まことにありがとうございま~す!」 ヘッドマイク越しにお姉さんが挨拶をしお辞儀をすると、ペンギン達もそれにならって頭を下げる。客席からは歓声が湧き拍手が起こる。 「まずは彼らの紹介から参りましょう」 手に持ったバケツの中に入った小魚をペンギン達に与えながら、お姉さんは説明を始める。彼らはケープペンギンといって、南アフリカのケープ地方に生息している事から、この名がついたそうだ。そしてペンギンというものは、一度ペアになったら生涯その相手と添い遂げるという一途さも持っているらしい。 「ロマンチックですね~。私なんてもう何回も浮気されてきたのにー。もういっそペンギンと結婚したいですよ!」 お姉さんの自虐的なネタに「おねーさんがんばれー」と最前席の男の子が励ましの言葉を掛け、「うん。がんばる!」とお姉さんも両手でガッツポーズをしてそれに答える。 「さて、実は彼らは偉大なる冒険家なのです。ペンギン冒険団と言います!」 それまでお姉さんの周りをちょこちょこと歩いていた彼等は冒険団という言葉を聞くと、誇らしげに、もしくは抗議の意味を込めて「アァー!」鳴き声を上げた。 「今日も暑いねぇ。早く冒険に行きたいねぇ。でももうちょっと待ってね。皆のお名前も紹介したいから」 お姉さんは順番に彼等を紹介する。 「まずは!隊長のバーニー!」 バーニーは名前を呼ばれると「ゴァッ」と一鳴きして手前にあるプールに飛び込む。 「お次は副隊長のハープ!」 ハープも隊長のバーニーと同じように一鳴きしてプールに飛び込む。 「どんどん行きましょう。ハッカ、レモネー、アジサイ、ナツキ、ココア、ミカン、カラメル、エマ、コンキチ、ウール!」 途中からはお姉さんの紹介に合わせて、というよりも勝手にプールに飛び込む彼等に合わせてお姉さんがペンギン達一匹一匹を紹介する形になっていた。 怒涛の紹介を終えてふーっと息を吐きながら、お姉さんはペンギン達に小魚を与える。それが終わると「そして私は」と言ってお姉さんが姿勢を改める。 「辺見 銀葉(へんみ ぎんは)と言います。昔のあだ名はペンギンでした!」 「ペンギンおねーさんがんばれー」 自らの紹介もしてぺこりとお辞儀をするお姉さんを、先程の男の子が再び応援した。「ありがとー」とお姉さんは男の子に手を振る。 「さあ、みんな水に入ったね。じゃあ冒険に出かけよー!」 お姉さんが右腕を勢い良く前に出すと、ペンギン冒険団は水中を凄い速さで泳ぎ始めた。水上の覚束なかった足取りとは打って変わってスピード感と切れのある動きに瀬名達観客は息を呑む。 その後もペンギン達は水陸入り乱れて隊列を組んで行進したり小さなボールを蹴散らしたり坂道を登ったりでこぼこ道を乗り越えたりしていた。そして最後にはお宝を見つけてショーは終了だ。最後に再びお辞儀をすると、お姉さんを置いてきぼりにしてペンギン達はステージを後にした。お姉さんも観客に「ありがとうございましたぁ!引き続き当水族館をお楽しみください!」とお辞儀をすると 「みんな待って~」と急ぎ足でペンギンを追って退場した。 「あのペンギン達ホントに頭よかったな。正直ここまでとは思わなかった」 一頻り拍手をした後、大堂が瀬名に話し掛けた。 「ね。実は人間なんじゃないかとか疑っちゃった」 「魔法でペンギンの姿に変えられたのかもしれないね。『真実の愛を見つけるまでは人間に戻れない』みたいな」 瀬名の冗談に、隣に座っていた祝衣も乗っかる。 「美女と野獣、いや美女とペンギンだね」 瀬名と祝衣は二人でくすくすと笑い合う。 「あのお姉さんが一番の見所だったな」 羽柴が腕を組み大きく首を縦に振る。 「辺見 銀葉さんだっけ。確かに個性強かったな」 お姉さんの名前をしっかりと覚えていた美浜も頷いている。 「でも面白かったしきれいだったし、ああいう人憧れちゃうかも」 稲川の言葉に「浮気はされまくってるみたいだったけどな」と大堂が茶々を入れると、「それはかわいそうだと思った」と笑う稲川。 「ペンギンもホントにすごかったね。これはますます人気が出るよ!」 蔵町が興奮気味に南雲に話し掛けると、「でしょでしょ!」と南雲は嬉しそうにする。 「もう少し見て回ったらお昼にする?土日でもわりと空いてる穴場なファミレスがあるんだけど」 日吉の提案で瀬名達はそこで昼食をとる事にした。
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