記憶売買

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モニターの中の視界が右を向いて、一人の少年を見据えた。 手に綿菓子を持ったその少年はこちらを見て微笑んでいる。 そして次に、モニターの中の視界が左を向いてもう一人の少年を見据えた。 その少年は薄闇の中に色とりどりの光を放って立ち並ぶ屋台に目を輝かせている。 今はもう失われてしまった、好奇心に目を輝かせるその表情。 見えるもの全てがまだ新鮮だった頃。 その少年こそが、他の誰でもない、この僕だった。 僕はもはや記憶に値段をつけることなど忘れて、かつて僕がいたその夏祭りの光景に見入っていた。 僕の心の中では、懐かしさと寂しさがごちゃ混ぜになっていた。 寂しいのはその記憶自体が寂しいものだからじゃない。 今その記憶をモニターを通して見ている自分が、そしてそこのベッドに横たわって記憶を浮かべる男の変わり果てた姿が、寂しいのだ。 大抵の記憶の例に漏れず、その夏祭りの光景はある点で唐突に途切れた。 僕はただ呆然としたまま、真っ暗になったモニターを見つめていた。 たとえ、さっき映し出された記憶が、自分に深く関係する記憶であっても、それを口に出してはいけない。 そういう決まりなのだ。 ベッドに横たわって目を瞑っていたその男は、ゆっくりと目を開くと、こう言った。 「いくらくらいで売れそうでしょうか。」 僕は何も映し出されていないモニターを見つめたままで言った。 「本当に…、この記憶を売るつもりですか?」 「…何か問題でもありましたか?」 「いえ…、ただ、綺麗な記憶だな、と思っただけです。」 「お金に勝るものは、ありませんよ。」 「お客様、もし、過去に戻れるとしたら、いつに戻りたいですか?」 「そうですね、世の中の厳しさも何も知らなかった少年時代、ですかね。」 「私もです。」 「で、結局いくらで売れるのでしょうか?」 「すみません、細部を見落としていたので、もう一度、先ほどの記憶を頭に浮かべて頂けませんか。その後でしっかり値段をつけたいと思います。」
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