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伝う、結び
――物語の始まりは、日常の風景だった。
枕に伝わる小さな振動と鳴り響くアラーム。寝惚け眼を擦りながらスマホを手探りで探して、それを静かにさせたなら、蒸し暑く湿気の籠った部屋に、茹だるからだに力をいれてベッドから起き上がった。
身支度を整えて、白に灰色の差し色が入ったセーラ服を身につける、ローファーに足を通し鞄を肩にかけたなら、静まり返った玄関から夏の音が飛び交う外へと足を進めた。
真っ直ぐ続く田舎道は、緑が鮮やかに映える田んぼに挟まれていて車は殆ど通らない。
青く塗られたキャンバスに大胆に描かれたような白い大きな入道雲が広がる眩しい空、どこまでも長閑で変わることのない広大であり平凡な風景に、小さな小さな溜め息をひとつ溢した。
これは高校二年生の七月の御話。
「百香、おはよーう」
「おはよ。 あ、茉莉後ろ乗せて」
幼馴染みで一つ歳上の――樋野茉莉は、自転車に乗ったまま挨拶を済ますと簡単に私を追い越して颯爽とそのまま行ってしまおうとするから、そんな彼女の自転車の荷台に手を掛けて引っ張り引き止めた。
「嫌よ、自転車どうしたの?」
「昨日コンビニ行こうとしたらチェーン外れちゃって、ググって直そうとしたんだけど、上手くできなくてお手上げなの」
「パパに直して貰えばいいじゃない」
「お父さん、今出張中で――」
「あらら、お気の毒に。 じゃ、委員会の仕事あるから、お先に」
「酷い、薄情者〜」
ニヒルに微笑んだ茉莉は本当に置いて行くようで、ペダルを踏み込むと振り返ることもなく、どんどん小さくなるその姿は数分も経てば見えなくなった。
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