掬う、月日は滲む

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 電話をしても応答はなく、メッセージを送っても既読もつかない、そんな彼の居場所はとっくに検討がついていて。けれども、そこに足を踏み入れてふたりっきりになることは避けるべきだと、ためらいが足を重くさせていた。  静かで冷たい廊下。  背には簡単に開いてしまう扉。  短くなった陽はだんだんと空を淡く染めて、それをもどかしい気持ちで見つめる。  ふと思い出したのはこんな空の下を子供の頃、奏志と茉莉と手を繋いで家まで駆けて帰っていた時の記憶だ。  毎日のように一緒にいて、笑い合ったり、時々喧嘩をしては泣いたり、それでもまたすぐに笑って。そんな日々があたりまえだったのに、どうして今はあの頃のようにまっすぐ顔を見合わせて笑えなくなってしまったのだろうか。  かけ間違えたボタンは洋服ならばすぐにでもかけ直せるのに、それが人を相手にしてしまうと途端容易にはいかなくて。  だけど過去と現在をいつまでも天秤に掛け、悲劇ぶってうだうだと何もせずにこのまま放置したなら、茉莉が言ったように、数ヶ月後も、数年後も、きっと月日がどれだけ過ぎ去っても後悔してしまうと思う。  ボタンはかけ戻らないとしても、もしかしたら自己満足で終わってしまうとしても、少しでも未来に後悔を残さない選択をできるように今行動しなきゃだめなのだと自分に言い聞かせて、静かに深呼吸をして振り向き、扉に手を掛けた――。
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