掬う、月日は滲む

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 なにかを察したのか徐々に目を細めていく茉莉は、みなまで聞かずとも私の頭に軽くチョップをいれると呆れ顔でスタスタと足を踏み出す。 「そこをなんとかっ、そんな大したことじゃないの……私の代わりに田中先生のおつかいをささっとこなしてくれるだけで……もちろん、お礼はします!」  自身の靴箱の前で止まるとローファーを取り出し帰る気満々の彼女に、私は顔の前で両手を合わせて懇願してみたのだけれど、今度は結構強めのチョップをお見舞いされて、〝やっぱりだめか〟と頭を摩りながらしょぼくれた。 「どうせ金髪野郎のことでまた使いっ走りにされてんでしょ。いい加減そんなの拒否りなさいよ、困るのはあの馬鹿なんだからボイコットすりゃあいいのよ」  茉莉はすべて見透かしているように嘲笑いそう言って退けたけれど、でも文化祭の準備で、その金髪野郎の代わりに、私を〝誰かさん〟は使いっ走りにしてたじゃない……なんて浮かんだ言葉は、後が恐ろしいから飲み込んで、靴を履き替え颯爽と立ち去ろうとする彼女をもどかしい気持ちで見つめていたなら、茉莉はひらりと翻って口を開いた。 「奏志と修学旅行でなにがあったかは面倒だから訊かないけど、あいつとも牛窪君とのことも、そんな雁字搦めに絡まったままじゃここから離れたとき絶対後悔するよ。牛窪兄の言葉、百香にだって痛いほど響いてる筈でしょ? 後腐れなんて今のうちに抹殺しておきな」  口早にそんな忠告を残し、「じゃ」と軽く手をあげてからまた背中を向けて今度こそ去ってゆく。  いつもなら〝奏志には会いに行くな〟と言う彼女が、どういう風の吹き回しかそんな背中を押すようなことを言うから、半透明のファイルを持つ手に僅かに力が入った。
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