掬う、月日は滲む

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 扉を開ければ、薄暗く少し埃っぽくて、けれど微睡に包まれるような穏やかな空間のなか。  診察台に怠惰なまでに深く座ってスマホを片手にしているけれど、その視線はぼんやりと外へと向けている奏志が視界に映る。  彼は扉の外側に突っ立ている私に横目を向けて、「なに」と低い声を出すから、機嫌が良くないことは明白だ。 「――これ、先生が今日までに提出してって」  扉は開けたまま部屋に足を踏み入れて、彼の前で立ち止まりファイルを差し出せば、奏志はそれを無言で受け取り、中身を確認することもせず自身の横に置くそんな姿に、私は少し迷いながら口を開いた。 「先生心配してたよ……授業もちゃんと出ないと、成績がいくら良くっても進級も、卒業も出来なくなっちゃうよ」  スマホに視線を落とす彼に、私はひとりごとをこぼすような声音で話しかけるけれど彼の口は閉ざされたままで、こちらの存在を無にされているような感覚に皮肉にも懐かしさが湧いてくる。 「奏志はこういうこと言われるの嫌だってわかってるけど……私はこの先の未来がどうなっても、奏志には幸せでいてほしいし、誤った道を進んでほしくないって思ってるの。奏志にとってうざったい存在だったかもしれないけど、来年になったらもうこういうことも出来なくなるし、言えなくなるから、だから――」
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