さすらいの異世界職人⭐︎ある一日

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私の名は千夜狐零人(チヨコ レイト)。 人は私の事をさ…… 「マスター、マスター!」 「な、なんだシロップ!?大事な決めゼリフの途中で……」 「私は気づいてしまいました」 「また唐突(とうとつ)だな」 「私がお菓子作りが上手(うま)くならないのは愛情が足らないからデス」 「いや、君の場合そういう問題じゃないと思うけど」 「ですので愛情たっぷりのお菓子に挑戦します」 「人の話聞いてる?」 「何がいいでしょう」 「何って、そうだな……日頃作ったことのないスイーツとか」 「それならいいアイデアがあります!」 「言っとくけどリンゴ胸に乗せて【アップル・】はもうダメだからね」 「チッ」 「いや、やる気だったの!?ちゃんとしたレシピで頼むよ」 「ジョークです。実はもう作ってあります」 「え?早いな」 「マスター、味見お願いします!」 「出たよ……まあ、不安はあるけど分かったよ」 「やた♪」 「あとさっきから会話文ばかりなんだけど口だるいから間に文章入れていい?」 「ゆるす」 「いやに上からだな。まあとにかく出してみてよ」 「分かりました」 そう言ってシロップは調理台に(ふた)付き皿を置きました。 「本格的だな。中身は何?」 「ドドド……ジャーン!」 威勢よく開いたお皿の上に、(うつわ)に入った黒い物体が乗っていました。 「これは……?」 「チョコムースです」 「すごいな。よく作れたね」 「チョコレートは(むずか)しいので市販のものを使いました。あとは手作りです」 シロップの期待に輝く目に押され、私は恐る恐るスプーンを口に運びました。 「ん……甘いのは甘いけど……なんか違和感あるな」 「ダメでしょうか……」 「ちょっと歯応(はごた)えが強いかな……どうやって作ったの?」 私の問いにシロップは手順を説明し始めました。 「卵を卵黄と卵白に分けてメレンゲを作りました」 「君の得意なやつね」 「左右の手で卵黄を移し替え、もう左右の手で卵白をホイップしました」 「なんかややこしいな。腕が四本だと説明も難解だな」 「五秒でメレンゲが完成です」 「はやっ」 「手の角度はこれくらいで、スナップをきかせて……」 「いや、メレンゲは分かったから次いって」 「チョコレートを【湯せん】にかけました」 「お、偉いね。レンジは使わなかったんだな」 「【湯せん】と【温泉】て似てますね」 「なんだ突然?」 「どっちも……なんチって♪」 「いや、今はそういう上手(うま)いのいいから……次は?」 「とけたチョコに卵黄を入れて混ぜました」 「ふむふむ」 「次にメレンゲを入れて混ぜました」 「ふむふむ」 「後は冷蔵庫で冷やして完成デス!」 「ふーん。手順は合ってるんだけどな……」 チョコムースの作り方にも色々あって、シロップのものは一番簡単なやつです。 美味しくなくはないのですが、口当たりがイマイチです。 「ちなみにメレンゲ加えてからどんな風に混ぜたの?」 「メレンゲと同じです……素早く、パパパっと」 その言葉に私はピンときました。 「それだ、原因は」 「何ですか?」 「だよ」 不思議そうな顔のシロップに私は説明しました。 「メレンゲを加えて混ぜるときには、できるだけ気泡を潰さないようにしなきゃダメなんだ。生地にたくさん空気が入った方がふんわり仕上がるからね。君のシェイクスピードだと恐らく気泡は全部潰れてしまったんだろう。だから歯応(はごた)えが強くなった」 見る見るシロップがしょんぼりするのが分かりました。 ちょっと可哀想か…… 「でも大丈夫!いい方法があるんだ」 そう言って私はシロップの作ったチョコムースをそのまま冷蔵庫の冷凍室に入れました。 「マスター、それは……?」 「ムースがダメならにすりゃいい。これなら歯応(はごた)えも関係ないからね。しばらく経てばチョコムース・アイスの完成だ!」 私の言葉にシロップの表情がパッと明るくなりました。 「さすがマスター。やっぱり最後は愛情いっぱいの『』で決まりですね!」 「いや、それ単なるダジャレだから」 「ありがとう……だからマスター大好きデス!」 「うわっ、だから毎回抱きつくのはやめろって……」 「一緒に【湯せん】でとろけましょう♪」 「いや意味分からんし、やめろー!!」 これが私と困った助手のです。 私の名は千夜狐零人(チヨコ レイト)。 人は私の事を『さすらいの異世界職人(ワールドパティシエ)』と呼びます。
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