可愛い恋の物語

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  「私…… 帰ります!」  身を翻すように優香はバッグの置いてある椅子のところに行く。 「う!」  振り返って慌てた。 「なにやってるんですか!」  落ちたバッグから物が散らばる。それをそっちのけで翔のそばに飛んで行った。 「なんて無茶なこと…… 先生呼んできます! 起きようとするなんてとんでもないです!」 「かえん、ないで」  翔の無事な方の肩を押さえている手を握ろうとするが、今の翔に握れるわけがない。 「でも、花補佐が」 「かえんないで、おねがい」  困ったような顔で優香はちょっと笑った。 「困った先輩! こんなにわがままな人だとは思ってなかったです」 「さっき、みたいに呼んで」 「……翔さん」 「うん」 「私、やっぱり帰ります」 「ゆう」 「明日。また来ます。翔さんがイヤじゃなかったら…… 毎日仕事終わったら寄ります。構わないですか?」  翔の頬が染まった。 「それって、いいってこと? あ、指で」  人差し指を立てた。必要なら10本でも20本でも人差し指を立てたい。 「待っててください」  言われて「ステイ!」と言われた子犬のように翔は待った。しゃがんで落としたものをバッグに拾っていくその姿が好ましかった。椅子の上でバッグの中を整えているのが好ましかった。振り向いた顔が…… (好きだ)  そばに来た優香は持ってきたぬいぐるみをそばに置いた。 「ねむれる、ように?」  結構喋っている。後できっと泣くほど痛むだろう。だが今は痛がってる場合じゃない。 「これ、浅川…… 翔さんに似てるから買ったんです」 (俺に? 似てる? 羊?) 「翔さんの笑顔見かけるとすごく癒されてました。こっそりだけど…… 憧れてました。だからそばに置いてもらえたらすごく嬉しいです!」 (そうか、俺は優香ちゃんの羊だったのか) 花が聞いたら『アホか、お前』とでも言いそうだ。  今度こそ優香の手を握った。まだ弱弱しい力だが、彼女を引いた。そのまま自分に近寄る彼女に囁いた。 「きみが好きだ。あした、まってる」  すぐに手の平で口を塞がれた。 「来ます。来るから。だから今日は帰ってもいいですか?」  真っ赤っかになっている優香に指を1本立てた。その人差し指に優香の人差し指がくっつく。 「E.T.って癒す力を持っているんです! これでちょっと痛みが引くはずだから。帰るときには必ずやりましょうね!」  これが石尾と凛子ちゃんのしている姿だったら、それを見た自分はきっと鼻で笑っただろう。だが、相手は優香。それを言われて(毎日必ず!)と喜んでいる自分が石尾とどっこいどっこいだとは、露ほどにも思っていなかった。  
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