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哲平と花は車に乗り込んでやっとまともに呼吸ができた。ハンドルに載った花の手が動かない。哲平も何も言わない。そのまま時間が過ぎた。
「……哲平さん、」
「やめよう。今夜は話したって碌な話にならない。俺もお前もただ混乱してるだけだ」
「でも」
「今俺たちには時間がない。落ち着いて考えるなんて無理だ。3月は近い」
「だからって、あのまま放っておくっての!? 俺にはできないよ、」
「落ち着け」
「なんとかしないと!」
「落ち着けって言ってんだろう!!」
怒鳴りつけられて花は黙った。
「俺だってこのままでいいとは思わない。あいつの記憶の変化も分からない。けど俺は河野さんの期待を裏切りたくない。ジェイも大事だ。でも河野さんも大事なんだ。待っててくれた、信じてくれた、後を託された。なにがなんでも今を乗り切りたい。お前は俺の片腕だろう? 今は俺を助けろ」
「哲平さん……」
「できることを一つずつ、だ。しなければならないこともな。俺の踏ん張りは河野さんにとっても大事なことだ。失敗したくない、どんなことがあっても」
分かっている。そのために哲平がどれほど精力的に仕事をしているか。初めての部長職で、初めての年度末。哲平の能力が問われる。去年の暮れから立てている事業計画が会社の命運にも関わってくる。
哲平は大胆な計画を立てた。大滝さえ、「これは……博打だろう」と呟いたのだ。
「それ、だめなら俺を放り出してください。そのつもりでやります」
だからこそ手を抜くわけには行かない、そう思っている。
それでも花には簡単には決められない。哲平が簡単に決めたとは思ってはいない。だが、迷わない。それが哲平だ。
「花。俺はお前に強いたいんじゃないんだ。任せる。考えろ。答えが出たら言ってくれ。お前の気持ちは痛いほど分かってるんだ、どういう結論でも俺はちゃんと受け入れるよ」
黙って車を発進した。そのまま家の前に車をつける。
「ただいま!」
「お帰り、父ちゃん! 早かったね!」
「9時過ぎてんのに早いって言われるようになっちゃったな。すまん、和愛」
「平気だよ、分かってたもん! 父ちゃん大好きだから、心配しないでね」
「和愛……」
玄関で抱き上げて抱きしめる。わずかに肩が震えている。
「父ちゃん」
和愛の顔を見て笑顔を見せた。
「外、寒かったんだよ。お前あったかいな!」
その姿を後ろから見ていた。哲平が今の状態を受け入れてどれほどの負荷を背負っているか。それをいやというほど感じた。
(哲平さんを…… 第二の河野さんにしちゃだめだ。それだけは絶対にダメだ!)
「哲平さん、泊っていきなよ」
「いいよ、帰る」
「話、しなくていいから。明日も早出すんでしょ? 運転手が必要じゃん」
哲平は花を見つめた。
「そういう目で見んなって! 俺はマリエのもんだからね」
「バカ! ……ああ。当てにしてるよ。助かる」
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