いちゃいちゃ

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   車椅子で散歩をしたし、ジェイとずいぶん喋ったし、7時の食事の前にはどっと疲れが出て眠ってしまった。  食事を持ってきてくれたのは森下さんではなく、『I♡石垣島』のシャツを見た看護師さんだ。 「ごめんなさい、疲れたみたいで寝ちゃったんです」 「いいんですよ。気ままに過ごさせてあげなさいって院長先生からのご指示がありましたから。一応置いていきますけど30分くらいしたらまた来ます。無理に起こしたり、起きても食べさせようと思わないでくださいね。周りからじゃなくて、ご本人が決めた方がいいんです」  今日はしっかりネームプレートを見た。首をかしげる。 「なんて読むんですか?」  ネームプレートには『生明遊』とある。 「ああ、私の名前」  くすっと笑う顔が可愛い。 「誰も読めないんです。『あざみ ゆう』って読みます。生明(あざみ) (ゆう)」 「あざみ ゆうさん。難しい漢字は使ってないのに難しい!」  今度はけらけらと笑う。 「そうなんですよ。ジェイさんみたいに聞いてくださればいいんですけど、たいがいの人は悩んじゃうので自分から言っちゃうんです」 「ゆうっていう漢字はいっぱいあると思うんだけど、どうして『遊』を選んだのかな」 「うちの両親は変わっていて。『明るく生きていくには、まず遊べ』って。変でしょう?」  ジェイはほんわかとした気分になった。 「そんなことないよ! いい名前だと思う。それにいい言葉だって。いいお父さんとお母さんだね!」 「はい。本当は自慢の両親なんです」  可愛い笑顔を見せて、生明さんは時計を見た。 「いけない! ごめんなさい、喋りこんじゃって。他の病室も伺わないといけないのでまた来ますね」 「はい。よろしくお願いします!」  そんなやり取りにも起きる気配もなく、蓮はぐっすり眠っている。7時20分。なんとなくもう起きないような気がする。 (あんなにはしゃいだもんね。無理に食べなくてもいいって。そういうのも治療なんだね)  先入観と言うものがある。具合が悪いなら余計にちゃんと食べないと。ちゃんと休まないと。この『ちゃんと』に振り回されるのが日常だ。その日常に疲れたなら、しばらくは『ちゃんと』にさよならする必要があるのだろう。    
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