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車椅子を押しながらゆっくり歩く。病院の敷地の中は芝生の間にアスファルトの平な通路があってさほど揺れずに済む。
「これくらいの早さなら気持ち悪くならない?」
「大丈夫だ。それでアルバイトは?」
「あ、そうだった。あのね、加茂井滋さんっていう人。大学4年生なんだけど、凛子ちゃんの先輩なんだって! 凛子ちゃんがびっくりしてた。時々店にも食べに来てたらしいんだ。スポーツマンって感じで爽やかな人だって言ってたよ。匠ちゃんにもきちんと挨拶してテキパキ返事してたって。源ちゃんが感心してた」
「そうか、じゃ凛子ちゃんも喜んでるだろうな」
「帰りも良かったら送るよ、って言ってたみたいだよ」
蓮は不穏な空気を感じた。
「それで? 帰り、その先輩が送るのか?」
「ううん、だって凛子ちゃんには石尾くんがいるもん」
あれから2人の進展について話を聞いてなかったと思う。どうなっているのだろう。いろいろ気に食わなかった交際ではあるが、ここに来て蓮の気持ちは一変した。
(どう考えたって凛子ちゃん目当てじゃないか。石尾、気をつけないとひっくり返されるぞ)
どこかの馬の骨なら、身内の馬の骨の方がずっといい。自分が退院するまで無事に持てばいいのだが。
「他には? なにかニュースはないか?」
「ランチの始まる前にお祖母ちゃんに電話したよ、今はどこ? って」
蓮はすっかりAnnaのことを失念していた。
(申し訳ない…… 俺が入院したせいでAnnaに気を遣わせてしまった)
「どこだって?」
「今は仙台にいるんだって! まさなりさんがいろんなところに連れてってくれてるみたい」
「いつ頃帰ってくるって?」
「もうちょっと旅行するって言ってたよ。だから心配要らないって言われた」
「そうか…… 後でお祖母ちゃんのアドレス送ってくれないか? 俺も今の状況を報告したいから」
「うん! 蓮のこと心配してたからきっと喜ぶよ!」
「悪かったな、お前もついて行きたかっただろうに」
「いいんだ、まだまだお祖母ちゃんは日本にいるから。今は蓮とお店のことで俺もいっぱいだし」
「でも一か月しかいないんだろう? あっという間だぞ」
「もっと長くいるつもりみたい。そう言ってたよ」
「そうか! 良かった、それならホッとした」
ジェイにお祖母ちゃんと2人きりの時間を作ってやりたい。もう自分が心配していたようなことは起きないと分かっている。今はそんなゆとりも出ていた。
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