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兄たち
結局蓮は起きることもなくこんこんと眠っていた。もう8時に近い。
「いったん下げておきます。もし目が覚めて空腹を感じるようでしたらご連絡くださいね。軽いものをご用意しますので」
今の蓮の状態には必要な対応なのだと繰り返されて、遠慮しなくていいことなのだと納得した。
「ありがとう、本当にありがとう!」
「いいんですよ。今はとにかく無理をしないように。まだまだ状態は良くないんですから」
(油断しちゃいけないんだ。今日のたったあれだけでこんなに疲れちゃうんだから)
気を引き締めなくてはと思う。見かけが元気そうになっても安心できない。
まだ眠くなるような時間じゃない。テレビは病室だけじゃなく応接室にもある。なにかあれば気がつくように小さい音でテレビを見た。薬は飲みたくない。なにがあってもすぐに気がつきたい。寝るなら蓮のそばのソファだ。
ジェイには分かっていないが、この状態はジェイにもいい効果をもたらしていた。薬に頼らないようにしている。自分の状態を把握できている。諸々の日常に振り回されないから今までになくリラックスできている。そして蓮とべったりした時間を過ごしている。
安定していた。記憶があれ以上変化するような刺激が無い。
9時を過ぎてから見舞客が来た。哲平と花。蓮のそばにいたら気づかないかもしれないような小さなノック。
「わ! 来てくれたの?」
「悪いな、遅い時間に」
花がコートを脱ぎながら蓮の方を覗きに行った。遅れて哲平も見に行く。
「ずっと寝てんの?」
「ううん、今日はね、病室の外に散歩に行ったんだよ。サンルームってあるんだけどそこで点滴が受けられるんだ。天井もガラスだからリクライニングチェアで横になって空を見てられるの!」
2人の顔がぱっと明るくなった。
「良くなってるってことか?」
「……油断しちゃダメだって。状態が良くなったわけじゃないんだって。散歩した後ずっと眠ってて、夕飯も食べてないんだ」
二人の顔が曇る。
「でもね! ポリープの結果は良性だったんだ! だからそれは蓮もほっとしてたよ」
「俺たちもほっとしたよ! そういうのはメールしろよな! 必要なことは連絡しろっつーの!」
花の返事が早すぎて、哲平がなにかいう暇がない。
「あ、ごめん!」
ここで2人は違和感を感じるべきだったが。
「でも少しでも楽になってるんなら良かった」
「うん。今日は散歩とかで疲れちゃったみたいで、7時前に寝ちゃったの。だから夕飯食べてないんだ」
「いいのか、それで?」
「そういうのも無理になるんだって。目が覚めてお腹が空いてたら連絡するんだよ」
2人とも暗澹とした気持ちになった。そんなことさえ無理になるのだということ。
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