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ジェイはベッドから下りて蓮に毛布をかけた。ぎゅっと手を握って応接室を片付けに行く。ぼうっと考えている蓮の耳にカチャカチャという音が届く。
音が止まってジェイが来た。カップの入っている箱を持っている。
「ね、これ、なに?」
箱の中身を見せられた。今日はサンルームに行っていない。だからカラフルなカップが3個残っている。
「ああ…… これはチャレンジなんだってさ」
さっきジェイに言われたことが尾を引いている。蓮の声に力が無い。ジェイはまたそばに座った。蓮に悪いことを言ったと後悔している。
「なんのチャレンジ?」
「さぁな。それが分からないんだ。サンルームで1杯コーヒーを飲んでいいんだが、それはそのカップじゃなくちゃダメなんだ。男の使うカップじゃない、みっともなくて」
「どうして? 可愛いよ! 俺なら使うけど」
「俺はもっとすっきりしたのが好きなんだ。知ってるだろ?」
「知ってるよ。でも変だよ」
「どこが」
「だってお店に出す器、シンプルだけじゃなくて花模様とかカラフルな器も取り入れようって言ったの蓮だよ」
「それは店の話だろう。飲食店なんだから食事は寛いでほしい。だからアクセントになるそういう器があった方が……」
「うん。蓮はそう言ってたよ。みんな忙しい中で食べに来てくれてるから器も楽しんでもらいたいって」
後の言葉は耳を通り過ぎていく。
(なんて言ってたっけ? 俺のこと、なんて)
『頭が固い。回転が速くて頭がいいのに自分に余裕を与えない』
(頭が固いのは昔っからだ。褒めておいて自分に余裕を与えないって…… 与える? 俺がか?)
「蓮、疲れてるの? 眠るんならそれでもいいよ、手を握ってるから」
握ってくれた手を見る。火膨れが二か所。
「火傷したのか」
「うん。急いでたからフライパン」
「冷やさなかったのか?」
「忙しくって。蓮だって火傷するときあるでしょ?」
「お前に傷がつくのは見たくないんだ」
「俺は蓮がケガするの、見たくないよ。いつも蓮は大丈夫しか言わないから『大丈夫』が怖くなる」
「……俺はゆとりが無いか?」
「蓮は人には優しいよ。でも自分にはちっとも優しくないって思う。だからあの可愛いカップ、ちょっとだけ使うのも自分に許さないんだよ。そんなに怒らなくってもいいのに」
声が重なったような気がした。ジェイと大先生の声が。
『したことのないことをしましょう。たかが花模様で色とりどりのカップを使う程度です』
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