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「コーヒー買ってこようか?」
ジェイにもゆとりがあるのだと分かる。この前のようなピリピリした雰囲気が消えている。
「いや、いいよ」
哲平は花に小さく頷いた。
今日はジェイの記憶について探りに来た。見舞いもだが、そっちがメインだ。そうは言っても逆効果になってはいけない。だから会話は慎重にだ。
「疲れてないか?」
主に哲平が話すことになっている。花は感情的になると何を言い出すか分からない。自分でもそれを承知している。
「大丈夫。テレビがあっちにもこっちにもあるでしょ? だから平気。蓮と洋画見たんだよ」
「そりゃ良かった! そういうの大事だよな。いい病院だ」
「院長先生がすごくいい人だった! 蓮はね、バカもんなんだって。溺れている人を助けようとして一緒に溺れる人。自分のことをもっと考えなさいって怒られたんだよ」
「大事なことだな、蓮ちゃんはすぐ無理するんだから」
これは本音だ。蓮の在り方では、体調がどうなのか周りには分かりにくい。
「でもなぁ。それをやれるなら安心だけど、蓮ちゃんだからなぁ。……お前の家族も心配してるだろう?」
ここからだ、用心して核心に近づいていく。
「お祖母ちゃんのこと? 今ね、まさなりさんとゆめさんが旅行に連れてってくれてるんだよ! 沖縄に行って、北海道だって!」
「俺、聞いてない!」
「そうなの?」
「他の……家族は」
「他の、って。兄さんたちはこうやって来てくれてるし」
面食らう。確かに『兄弟』と名乗っちゃいるが、『兄さん』などと呼ばれたことが無い。第一、両親のことは?
哲平は咳ばらいをした。
「俺たちが来るのは当然だろう」
「でも年度末になるのに。2人ともホントはここに来る暇なんてないでしょ? 蓮のことは俺に任せて仕事してよ」
この言い方に違和感がある。そういえばさっき、『ごめんなさい』ではなく『ごめん』だった。本当に血がつながっている者同士のような言い方。哲平は思い切って突っ込んで聞いた。花でさえヒヤッとする。
「花の親父はすごいよな」
「ほんとだよね! こんなにいい病院紹介してくれてホントに良かったって思う。俺なんか養子にしてくれたし、心が広い人だなっていつも感謝してるんだ」
(養子…… 本気で兄弟だと思ってんのか? なんでそうなったんだ?)
さすがに哲平の考えの範疇を超えている。
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