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答え
「ワニ……でしょうか」
ワニも食用にされると聞いた事があった気がする。でもあのワニと、こんな繊細な味わいの白身肉とはイメージが結びつかなかった。
「……お見事。よく味わいましたね」
F氏は満足げに笑ってうなずいた。
「やはり私の見込んだ通りでした。あなたは、本当に食の楽しみ、そして幸せをわかっておられます。その舌が確かになる事によって、より深い食の幸せを味わえているでしょう?」
確かに僕は幸福だった。こんなにも美味しい食事を味わい、その味を詳細に感じる事もできるようになったのだから。
「ありがとうございます。しかし……どうして僕なんかにこんなに良くしてくださるんですか?」
最初からずっと思っていた疑問を、僕はついに口にした。
「あなたが以前話してくれた、桃の話ですよ。美食は、料理を極めるだけではない。食べる側の状況によっても大きく左右される。その事をわかっている人はそうそういませんからね。知識だけなら後からでも学べる。だが、本質に気づくには、知識に囚われてからでは遅いですから」
そうか。確かにF氏に招かれるようになってから、料理に対する知識や分析力は上がった自覚がある。銀色のドーム型の蓋がクロシュと呼ばれる事も、すでに当たり前の知識になっていた。
「食材、調理、そして召し上がる方の状態。その全てが最高の状態である事が、美食にとっての命なのです」
F氏の肉体は、初老とは思えないレベルに鍛え上げられていた。食べるための状態作り。健康でいる事、そして動いて汗をかき、お腹を空かせる事。
僕がF氏のお招きを受ける時は、必ず朝からF氏とともにジムへ行く。おかげで僕自身も健康そのものだ。それでこそ美食を堪能できるのだ。
「ところで、今日の肉には、いつもより生命力を感じませんでしたか?」
F氏の問いに、僕はドキッとした。そう。僕は確かに感じていたのだ。肉の持つ生命力を。それが僕の身体に染みわたってゆくのを。でも、あまりに荒唐無稽な気がして言えなかったのだ。それをズバリと見透かされた心持だった。
僕の表情からその思いを察知したのだろう、F氏は満足げにうなずいた。
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