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最高の食材
「最高の食材とは、良い餌だけを与えなければならない。だから野生のものは使いません。ですが、完全に家畜化された飼育方法では生命力にあふれた肉にはならない。ですから、特に肉食動物の場合は、最高の生餌を狩らせる、つまり食材にも、その餌から命をもらって育つようにしています。命のやり取りをする、自然の掟を守らせるわけです」
この話は前にも聞いた事があった。確かにF氏が振舞ってくれる料理の食材は、家畜として飼われてろくに運動もせずに育った肉とは比べ物にならない至高の味がする。これも美食の命、いや、命の美食というべきだろうか。
「ですが私は、まださらに肉の味を高める方法が、生命力を高める方法があるのではないかと考えたのです」
F氏の話はまだ続いていた。
「何のことはないのですがね、肉の締め方を変えたのですよ。突然、これから殺される事を知る。そして自分を殺す存在が目の前にいる。それをはっきり意識させてから締めてみたんです。何も知らずに死んでいくより、死に抗い、生きたいと切望する、その感情が、肉に最期の生命力をみなぎらせるのではないかとね」
確かにそうかも知れない。残酷なようだが、それは紛れもない事実だった。
今日食べた肉は、生への渇望とも言える生命力にあふれていた。筆舌に尽くしがたい美味だった。
食べる事は、命をいただく事だ。敬意をもって、最高に美味しく食べる事が、むしろ礼儀にかなうのかも知れない。
「やはりあなたは理解してくれましたね。最高の美食の境地をめざす私の探求が。
次もね、考えてあるんですよ。豊かに、幸せを感じながら生きている生き物が、自分が食われる事を悟り、恐怖を感じる知性を持っていたら……」
F氏は期待に満ちた目で笑いながら、僕の身体を吟味するように、じっくりと眺めまわした。
やはりF氏は、僕を育てていたのだった。
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