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エピローグ
それは数百万体も使い捨てられたうちの、たった一体のヒューマロイドのおはなし。
勇気を出して逃げ出した少女は、一人の青年と出会った。
温かな愛に触れ変化を見せた彼女は、本当に人ではないと言えるのだろうか。
少女の生きた時間は、人の一生を思うとほんの一瞬の光のような刹那のひと時。
それでも彼女が残したその光は、今を生きる人の中に鮮やかな跡をつけているのだろう。
***
「ほら、見えてきたぜ。あれがお前の見つけたS-5228だ。…って、せっかく何でも名前つけられるのにそんなナンバーみたいなのでよかったのか?」
「ああ」
「それにしても映像で幾らでも見れるってのに、わざわざ肉眼で見たがるなんてやっぱお前変わってるわ。コーシ」
五十代の渋みが極まる男はコーシの肩に手を置くと離れて行った。
代わりに寄って来たのは悪戯な目が印象的な青年だ。
「俺知ってるぜ。あのナンバーってさ、コーシが髪で隠してる銀色のピアスに刻まれてるのと同じだろ?」
「…るせーな。触るな」
「ところでさ、またエンジンに不具合出てたんだけど、俺のチームがいじったら余計制御不能になっちった」
「なっちったじゃねーよ!」
「ごめーん!直しに来て、リーダーぁ」
「…ったく」
コーシは青年に背を向けスタスタと歩きだした。
「あ、どこ行くんだよ!」
「喫煙所だよっ。ついてくんな」
「だって修理は!?」
「後で気が向いたら行く」
「えー!?この不良エンジニア!何の為に第一線から降りて、わざわざこんな調査船に乗り込んだんだよー!!」
うるさい声を振り切るように通路に出ると、自動扉がぴたりと閉まる。
一畳ほどしかスペースのない喫煙室に入ると、大きな円形の窓から外が見えた。
コーシは煙草に火をつけると、その眺めに魅入った。
いつ見ても震えるほど雄大に広がるのは、星を撒き散らした宇宙空間。
「…何の為に、か」
少しだけ笑みが浮かぶ。
それはきっと、誰に話しても理解されないことだ。
「セーラ…」
何年かぶりにその名を口にする。
——…星へ行ったら、コーシは何をしたいの?
今でもはっきりと耳に残る、軽やかな声。
コーシはあれからずっと探し続けていた。
船が迂回しだすと、見えていた景色がぐっと変わる。
真っ黒な宇宙空間の中に、淡く光る惑星が姿を現した。
目の前に浮かぶのは辺境の更に端にある、見つけるのさえ困難な星。
氷だらけで何の役にも立たないちっぽけな星。
発見したからって、名前を付けたからって、誰も振り返らないような価値のない星だ。
コーシ以外には。
「お前、こんな所にいたのかよ…」
窓に手を着くと、コーシは儚い笑みをこぼした。
宇宙空間で静かに光るその惑星は、少女の瞳をはっきりと思い出せるくらい淡く透き通った薄水色に輝いていた。
ーENDー
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