可憐な少女

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目を覚ますと、外はもうすっかり明るくなっていた。 ベッドにセーラはおらず、代わりに床で寝ていた自分にブランケットが掛けられている。 無意識に煙草を探した右手は、置きっぱなしにしていたドライバーケースを倒して止まった。 のろのろと上半身だけを起こすと、リビングから食欲をそそる香りと明るい声が流れ込んできた。 この家でそんな現象が起こるのは一体何年ぶりだろうか。 目が覚め切らずにぼんやりと座り込んでいると、軽やかな足音が近付いてきた。 ひょっこりと顔を覗かせたのはセーラだ。 セーラはコーシが起きているのを目にするとぱっと笑顔になった。 「コーシ、おはよう!まだ眠い?カヲルがね、もうすっごいの!!美味しそうで美味しそうで!!」 興奮冷め止まぬ様子で隣にしゃがみ込んだが、低血圧で寝起きの悪いコーシはしかめ面で頭を押さえた。 「…大きな声出すな、頭に響く。カヲルが…なんだって?」 セーラは気怠そうなコーシに手を伸ばしかけたが、目が合うと慌てて引っ込めた。 「ご、ごめん…」 「…」 コーシは寝ぼけ眼のままムッと眉を寄せた。 「俺は、毛虫かよ…」 「え…」 目を閉じるとセーラの肩にもたれかかる。 「こ、コーシ?」 「…」 「あの…」 「…別にいい」 「え?」 「もう…出ていけなんて言わねぇよ。お前は、そうやって俺に変に気を使わなくていいし、何でもかんでも言うことを聞く必要もない。俺は、別に…」 うとうとと意識が落ちかける。 コーシはセーラから離れると這うようにベッドに転がりなおした。 「…何でもない。着替えたら行くから…あっちで待ってろ」 「うん」 セーラは素直に頷くと部屋を出ていった。 その足音を聞きながら寝返りを打つと、コーシは二度寝に入った。 狭いリビングではM-Aが掻き込むように朝食をたいらげていた。 カヲルはコーシの分を取り分けながら呆れて言った。 「M-A、先に食い尽くすつもりか?」 「コーシが起きてこんのが悪いんや。セーラも待たんでええぞ。カヲルの手料理食える機会は滅多にないんやからな」 セーラはにこにこと話を聞いているが手をつけようとしない。 カヲルは水を入れたグラスを差し出した。 「もしかして食欲がないのか?それとも苦手な物でもあったか」 「ううん、とんでもない!」 食卓を見つめる目はむしろうっとりとしている。 「コーシが来るまで待っていたいの。だってどれもすっごく美味しそう…!私、色々な料理の作り方知ってるわ。人の役に立つ為の必要な情報は与えられていたもの。ただ、そのお料理がこんなにいい香りがするって知らなかったの!」 はちきれんばかりの喜びを浮かべた紅潮した頬。 だがカヲルは複雑な思いに駆られた。 「…セーラ。こんなことを聞いてもいいのかわからないが、君はいつ生まれたんだ?」 M-Aが飲んでいたスープを喉に詰めて盛大にむせる。 当のセーラは少し考えて小首を傾げた。 「えと…。はっきりとは分からないけれど、コーシに会う少し前くらい」 「…そうか」 M-Aは胸を叩きながらカヲルを睨んだ。 「おいおい。サキに合流する前に余計なことは…」 「分かってる。ただ、セーラが余りにも無垢だから…。それに髪も唇も肌も、このきつい自然環境下で不自然なほど全くダメージを受けていない。だが世に出されて間もないのだとすれば納得だ」 自分を見下ろしてみてもよく分からず、セーラはきょとんとした。 「それにしてもコーシは遅いな。セーラ、やっぱり先に食べなよ」 再度勧めたが、セーラはそれでも首を横に振った。 「ありがとう。でも絶対コーシと一緒に食べたいの。いつ最後になるのかも分からないから」 幸せそうに微笑む少女に、大人たちは顔を背けた。 彼女は分かっている。 自分がどういうモノか。 そして使用目的後にどうなるのか。 人間として到底受け入れられないことを、セーラは当たり前として受け入れさせられた上で幸せそうに微笑むのだ。 「…コーシ、起こしてくる」 この場にいるのが耐えられなくなったカヲルは席を立った。 M-Aはコーヒーを口に運ぶとセーラをつぶさに観察した。 余計なことは聞くまいと思っていたが、少しだけセーラを試してみたくなった。 「…お嬢ちゃん、その生まれた場所ってのは覚えてるんか?そばには誰かおったんか?」 セーラは体を強張らせると途端に沈んだ顔になった。 「場所は…分からない。でもコワイ人たちがいたのは覚えてる」 「こわい?」 「うん。一人は鞭を持ってて、すぐに怒るの。それからもう一人はずっと私を見張りながら何だかとても嫌な目をしていたわ」 身震いすると自分の体を抱きしめる。 「私、その人達にインプットされたらどうしようって、ずっと怖かったの。だからカプセルが開いたらすぐに逃げ出してきたの」 M-Aは目を見張るとカップをテーブルに置いた。 「…すまん」 「え…?」 「ちょっと俺も本気になった」 ヒューマロイドは所詮人にあらず。 そう無意識に思っていた自分に気が付く。 「お嬢ちゃんは、ちゃんと人格のある人間や。勇気かってある。その頭をいじくる機械がとれへんか本気で情報集めてみるわ」 音を立てて立ち上がると、M-Aは玄関から出て行ってしまった。 セーラは不思議そうに瞬きをすると、そのままコーシが起きるのをひたすら待っていた。
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