22人が本棚に入れています
本棚に追加
/65ページ
サキ
「サキさーん!もう帰るって?」
「来週っつってなかったすか!?」
瓦礫の山の上で、男達がサキの元にわらわらと集まる。
走り書きをされたメモを握りしめ頭を抱えていたサキは、突然瓦礫の上に仰向けにひっくり返ると唸り声をあげた。
「…っ、まじかぁーー!!」
男達は揃って目を見張りサキの周りを取り囲んだ。
「だ、大丈夫すか!?」
「何かあったんすか??」
しばらく伸びていたサキは、急に目を開くと勢い良く跳ね起きた。
肩で束ねた金に近い黄土色の髪がひらりと動く。
シャープな顔立ちと甘く下がった目尻は親しみやすさを感じさせるが、立ち上がると意外なほど大柄であり、瞳の強さが芯の強さを映している。
「わりっ、グランとこ寄ってから帰るわ」
「ボスの所へですか?サキさん、この南区でも今度はゆっくりしてってくださいよ」
「おぅ、次はコーも連れて来るぜ。じゃなっ」
サキは軽く片目をつぶると瓦礫の山をひらりと飛び降りた。
ここはスラムの南区。
広大なスラム指定区域の中でも最も問題が多く粗が目立つ地域だ。
サキは岩だらけで歩きにくい道を大股で闊歩すると、離れにある大きな石の建物を見上げ悠々と乗り込んだ。
「グラン、邪魔するぜ」
慣れた仕草でドアを開けると、情報誌の山が雪崩れ落ちてきた。
「ちょっ…いい加減整理くらいしろって」
文句を言いながらも踏まないように軽くまとめて隅に置く。
部屋を埋め尽くすアナログな情報の山をかき分け奥に進むと、サキよりも更に一回りは大きな男が壁を背に預け座っていた。
伸び切った赤髪は顔の半分を隠し、肌の色は灰がかっており、長い手足にも体にもまるで獣のような筋肉がついている。
おまけに髪の隙間から覗く目は見ただけで凍りつきそうなほど鋭い。
人間離れしたこの男を前に平常心でいられる者はほぼいないが、サキは至って気軽に声をかけた。
「よう、頼んでたやつの調べはついてるか?」
「…お前の勘は健在のようだな、サキ」
発した声も腹に響く低さだ。
グンディオンはサキに鋭い一瞥をくれながら数枚の紙を投げてよこした。
「あちこちでフラッガらしき男の目撃情報が入った。よく気付いたな」
「まぁ、間違いであって欲しかったんだけどな。なぁんで悪名高いバイヤーがこんなスラムに現れるかね」
「奴は元々奴隷専門だ。スラムに奴隷狩りにでも来たかあるいは…」
サキはグランが集めた情報にざっと目を通した。
「流石に今のスラムでそんな馬鹿はしないだろうさ。それともそれらしい動きが出てるのか?」
「いや、この数日で特に不審に人が消えたり誘拐されたという話はない」
「中央区もさ。だから俺も余計な心配かと思ってた矢先だったんだが…」
意味深にサキが黙り込むと、グランは獲物を狙う猛禽類のような目になった。
「…人には調べさせておいて自分はだんまりか?どうやらその首に未練はないようだな」
サキは苦笑して顔を上げた。
「別に隠し事をしようってんじゃないさ。まだちゃんとした確証がないからどう話すか考えてただけ」
グランは常人なら裸足で逃げ出す睨みをきかせながら先を促している。
サキは腕を組み、慎重に切り出した。
「さっきM-Aから連絡がきた。単刀直入に言うとコーが…コーシって覚えてる?」
「貴様のとこのガキだろ」
「そうそう。コーがどうやらヒューマロイドを拾ってきたらしい。しかも最高値の若い女型だ」
グランは予想外な話に眉間の皺を深めた。
「…なるほど。さすがと言うべきか、扱う商品が極闇だ」
「察しが良くて大変楽だ。たぶんそういう事だろう」
フラッガはわざわざこんな辺鄙なスラムに奴隷を捕まえに来たのではない。
ヒューマロイド等の高級商品を、極秘に、そして安全に売り払う為にスラムを中継地にしているのだろう。
知らぬ間に巣食われていたとすれば見逃せない事態だ。
「それにしてもとんだボロが出たものだな。そのヒューマロイドとかいう機械が逃げ出しでもしたか」
「グラン、ヒューマロイドはアンドロイドとは違う。彼らのベースは人だ。機械部分は脳に取り付けられた刷り込みの部分だけなんだ」
「ふん、そのベースである体でさえ最上の美を与える為に複数の遺伝子を捏ね合わせて創られたシロモノだというではないか。禁忌の時代の闇の産物を貴様は人と言えるのか」
吐き捨てるように言うと、サキも無情な目で肩をすくめた。
「ま、今だにそんなものを欲する奴がいるって事が一番の問題なんだ。結局いつの時代も人間が馬鹿なのさ」
「…」
「俺は状況確認の為に商業区へ寄ってから一旦帰る。南区は一番広い上にまだまだ荒れた場所だ。狙われる可能性が高いから目だけは光らせといてくれよ」
物騒な話を気楽に頼む。
グランは相変わらず神経の図太いサキに不敵に笑った。
「お前が統括してからというもの、このスラムで大きな問題が起きるのは久しい。腰の上げ方を忘れるところだったわ」
「暇なんだったらいつでも言えよ。幾らでも厄介な問題回してやるぜ」
「ほざけ」
その存在だけで荒くれ者たちの抑止力にすらなるグランディオンは、南区の絶対的ボスだ。
そしてサキはそのグランをも唯一認めさせ、スラム全土を手中に収めたキングだ。
「じゃあ頼んだぜグラン。また来る」
サキはひらひら手を振ると来た時と同じように悠々と帰っていった。
最初のコメントを投稿しよう!