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セーラが現れてから数日。
M-Aに外出禁止はきつく言い渡されたが、コーシとセーラは比較的のんびり過ごしていた。
コーシは相変わらずセーラに何も求めないが、突き放すこともしなくなった。
そのせいか戸惑いしかなかったセーラも顔色を伺うことを止め、自然な笑顔でコーシの隣にいるようになっていた。
食料を届けにきたカヲルは二人の変化に敏感に気付くと、即刻びしりと釘を刺した。
「いいか、コーシ。一線を超えたりしたら捻り潰すからね」
「するかっ」
不機嫌そうに不貞腐れていると、カヲルはきょとんとするセーラの頬に触れた。
「セーラ、何かされたらすぐにあたしに言うんだよ」
「…?うん!」
元気な返事は至って健全だ。
カヲルは目線だけで嘘をついてもバレるぞとコーシに念を押してから家を出て行った。
「…ったく、カヲルもM-Aも人のこと何だと思ってやがるんだ」
「ふふ。カヲルってなんだかコーシのお姉さんみたいだね」
「みたいっつーか、完全それだな。あの厄介三人トリオめ…」
サキもM-Aもカヲルも、どれだけ背伸びをしてもいつもその上を軽くいく。
それを面白くないと思い始めたのはいつからだろうか。
二人でむいたりんごを食べ終えると、コーシはいつものようにソファに座り煙草に火をつけた。
灰皿には既に吸い殻が山のように積んである。
お皿を洗い終えたセーラは隣にちょこんと腰掛けると眉を寄せた。
「コーシ、今日はもう吸いすぎだよ」
「別にどうでもいいだろ。それにこの半分はM-Aだぜ」
「そうだね。…でもだめ」
素早くコーシの胸ポケットから煙草を抜き取ると自分の後ろに隠す。
「お前なっ」
咥えていた煙草を灰皿に押し付け、取り返そうと手を伸ばす。
体が触れ合うとセーラはすかさずコーシの首に絡みつき無邪気に笑った。
「コーシ、好き」
「あのなぁ…」
コーシはげんなりしてセーラを引き離した。
「お前の好き、は刷り込まれたからだろ?それを解除してもそう言えるならちゃんと考えてやるよ」
投げやりに言ったが、セーラは真面目に考え込んだ。
「うーん、そういえば途中解除ってどうやるんだろう。そもそも四ヶ月たったら自然に解除されるからその情報は貰ってないなぁ」
「四ヶ月?そういえば最初もそんな事言ってたな」
「うん。私がコーシといられるのは大体そのくらいなの」
「は?なんだよそれ。結局ただの愛情の押し売りじゃねぇか。しかもトンズラするって、あくどくねえか?」
コーシがひょいと煙草を取り上げると、セーラはすかさずテーブルに置いていたマッチを隠した。
「てめっ、返せって」
「駄目なのです。…うきゃっ!」
セーラはソファの上に横倒しにされた。
「返さねぇと容赦しねぇぞ」
「う…、だ、だめっ」
意地でもマッチを握りしめていると、宣言通り容赦なくくすぐられた。
「コーシ…!!ふ、ふふ…、やめてよぉ!」
耐えきれずに笑い転げるセーラからマッチが落ちる。
コーシはそれを拾うと新しい煙草に火を付けた。
セーラは肩で息をするとコーシの膝に頭を乗せて見上げた。
「もー、ひどいなぁ」
「なんだよ」
ツンと顔を逸らせながらも、その一本を吸い終えるとそれ以上はやめた。
「それにしてもお前、なんかちょっと変わったな」
「え…?」
「そうやって自分が言いたいこと言ってる方が、俺はいいと思うぜ」
セーラは起き上がると大きな目でじっと見つめた。
「コーシ…」
「ん?」
「コーシは、私のことどう思ってる?」
コーシは言葉に詰まり目をそらした。
「別に…。厄介なもんに懐かれてるってとこかな」
ぶっきらぼうに言うと、セーラはがっくりと肩を落とした。
「そっかぁ。愛情って結構沢山情報が入ってるのに、なかなか難しいなぁ…」
「アイにセオリーがあるなら全人類誰も悩んだりしねーだろうが」
ざっくり言われてセーラは目をぱちぱちさせた。
「ほ、ほんとだ…」
あまりにも真面目に衝撃を受けているので、コーシは思わず小さくふいた。
「…変なヤツ」
喉で笑いながらセーラの頭をコツンと小突いていると、玄関扉がものすごい勢いで開いた。
「コーシ!!セーラはおるか!?」
飛び込んで来たのはM-Aだった。
二人は顔を見合わすと急いで立ち上がった。
「なんだよ。何かあったのか?」
「サキから連絡が返ってきた!!すぐに荷物纏めてここを出ろ!!」
コーシは目を険しくした。
「M-A、分かるように言えよ」
「ええか、お嬢ちゃんはフラッガっちゅう極闇バイヤーの所から逃げてきた可能性が高い。となれば奴は間違いなく今もお嬢ちゃんを血眼になって探しとるはずや」
「フラッガ…?」
「組織は構えてへんけど大物と常に繋がっとる曲者や。この中央区にも既に奴の犬が潜り込んどるかもしれん」
「でも、セーラはずっとここから出てないんだぜ?いくら何でも見つかるか?」
「それが厄介な事にお前がお嬢ちゃんを拾ってきたことがそこそこ噂になっとるんや。どうやらカナンが一枚噛んどるみたいや」
コーシは苦虫を噛みつぶした顔になった。
「…どうすればいい?」
「とりあえず地上ルートでレイビーまで行け。あそこの隠れ家ならそう簡単に見つかる事はないやろ」
M-Aはセーラに向き直った。
「セーラ。コーシに拾われたんは一種の運命なんかもしれん。信じてついていけるか」
「う、うん…」
「よし、ええ子や。もう絶対に恐い奴らなんかに捕まるんやないぞ」
M-Aの言葉にハッとすると真っ青になり震えだす。
コーシはセーラをぐいと自分に引き寄せた。
「レイビーにサキは来るのか?」
「来る。俺とカヲルはもう少し中央区を探ってから後で合流する。お前らはとにかく出来るだけ急いでここを出るんや」
「分かった」
M-Aが足早に去ると、セーラはその場にペタンと座り込んだ。
「おい、しっかりしろ。必要最低限の荷物だけ詰めて出るぞ」
「コーシ…。やだ、やだよ。あの人の所へなんて帰りたくないよ。私…私は…、あの人達のものになんてなりたくない」
コーシはすっかり恐怖に囚われたセーラを引っ張り上げた。
「戻りたくないならしっかりしろっ。お前は俺のものなんだろう!?」
セーラは泣きそうになるとコーシにしがみついた。
シトラスの香りに、段々と心が落ち着いてくる。
「…五分でここを出よう。できるか?」
「うん…。が、頑張る」
まだ青い顔をしているが、セーラは健気に荷物を詰め始めた。
コーシはそれを見届けるとさっさと自室へ向かった。
適当に手当たり次第鞄に詰め込んでいたが、その手がふと止まる。
「何言ってんだ、俺は…」
咄嗟に叫んだ自分の言葉に今更ながらに戸惑う。
頭を振ると余計な雑念を追い払い、最後に煙草を放り込んで鞄を閉めた。
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