サキ

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セーラが荷物を詰め終えると、奥から呼ぶ声が聞こえた。 「セーラ、終わったらこっち来い」 「うん」 すぐに向かうと大きな長袖の服を手渡された。 「上からでいいからこれも着ろ。それから髪を束ねて顔が見えないように帽子を深くかぶるんだ」 「変装するの?」 「ああ。それに今から通るのは地上だ。出来るだけ肌は出さない方がいい」 まだ動きの鈍いセーラを手伝い服を着せると、手を引きさっさと玄関を出た。 「地上に出るまで人は避けたいところなんだが…多分それは無理だ。だからお前は知らんふりして俺の少し後ろからついて来い」 「え…」 セーラの手に少しだけ力が入る。 コーシは安心させるようにぐっと握り返した。 「そんなに距離はないから心配すんなよ。あの屋根のついてる倉庫までだ。もし誰かが近付いてきたり、不安になったらすぐにこっちへ来てもいいから」 カンカンと音の鳴る古い階段を降りてから手を離す。 セーラは言いつけ通り少し待ってからコーシの背中を追った。 程なくしてコーシは周りから次々と声をかけられ始めた。 「よぉ、コーシ。最近見ねえからお前もまた商業区にでも行ったのかと思ってたぜ」 「コーシ、うちの配線またいかれちまったんだ!今度見にきてくれよ!」 「コーシ、あんた最近変な噂多いじゃないの。女には気をつけなってあれ程言ってやったじゃないさ」 「サキさんは?まだ帰ってこねえのか?」 コーシは煩わしそうな態度を隠しもせず適当にいなしていたが、声をかける人は後を絶たない。 何とか振り切ってボロボロの倉庫へ入ると、少ししてからセーラがひょっこり顔を覗かせた。 「こっちだ」 手招きすると追いついてきたセーラはぎゅっとコーシにしがみついた。 「悪いな、いつもああなんだ」 「コーシは人気者なんだね」 「俺じゃない。みんなが見てるのはサキだ」 「え…?」 思わずこぼれた本音に気まずい顔になると、コーシはぷいとそっぽを向いた。 「何でもない。ちょっと離れてろ。こいつを出す」 古いカバーをひっぺ返すと、中から一台の大型バイクが現れた。 一風変わったゴーグルを装着しそれに跨るとセーラに手を伸ばす。 「来いよ。ここに乗るんだ」 セーラは目を丸くしながら言われた通りコーシの後ろに跨った。 「しっかり掴まってろよ。道が悪いから振り落とされるぞ」 「これで地上へ行くの?」 「ああ」 エンジンをかけると、とてつもない音が建物内に反響する。 驚いてコーシの背中にしがみつくと、バイクはゆっくり動き出し倉庫を出た。 外に出ると真っ直ぐに高台へ向かいゲートを目指す。 周りに人や建物がなくなると速度は一気に上がった。 セーラは後ろに流れる景色に目を輝かせると身を乗り出した。 「すごい!!速い速ーい!!」 「ちゃんと座ってろよ!!落ちるぞ!!」 「はぁーい!!」 頬を切る風が恐怖に囚われていた心を吹き飛ばしていく。 コーシは元気が戻ったセーラににやりと笑った。 「地上に出たらもっと飛ばすぞ!!」 「もっと!!」 「恐かったら早めに言えよ!!」 「うん!!」 汚染物を探知するゴーグルの電源を入れると、そのまま風のようにゲートをくぐり抜ける。 真っ先に目に入ったのは本物の太陽だった。 「うわぁ!!」 毒にまみれている事をすっかり忘れるくらい、地上を走るのは爽快だった。 日の暖かさが違う。 風の匂いが違う。 抜けるような空はどこまでも高く開放的だ。 バイクは最高速度で広大な大地を駆け抜けた。 セーラに疲れが見える度に休憩を入れながら三時間ほど走っていると、風化した町に辿り着いた。 元々目当ての場所があったのか、コーシはバイクを止めるとセーラを連れて大きな建物の地下へと入った。 「ここに地下水を引いてる水道管がある。地上ルートを通る時はこうやって所々安全な水場で体を流しながら行くんだ」 「体についた毒を落とすの?」 「そういう事だ。先に使えよ」 崩れかけた入浴場にセーラを入れると鞄からタオルを一枚出し放ってよこす。 外に出て待っていようとしたが、服の裾をくいと引かれた。 「コーシ、ここにいて」 「ここったって…」 「お願い」 一人になるのはまだ不安そうだ。 コーシは仕方なくすぐそばで腰を下ろすと後ろを向いた。 セーラは安心すると服を脱ぎながら話しかけた。 「こういう水場はどうやって見つけるの?」 「ん?ああ、昔サキによくこういう所連れ回されたんだよ。勝手に地上へ連れてきて、死にたくなければ水場を探せとか無茶苦茶言ってたな」 「サキさんって、どんな人なの?」 「どんなって…」 コーシの眉間に皺が寄った。 「別に。少しだけ人とは違うけどサキは普通に…」 言いながら眉間の皺がますます深くなる。 黙り込むと水音だけが辺りに響いた。 「サキは…、バラバラだったスラムをまとめ上げた化け物級の異端者だ」 「え…?」 「今となっては誰もがサキを崇拝してる。でも、俺は…」 浮かんだのは自重気味な笑みだった。 「俺は、いつまで経ってもサキのオマケみたいなもんだ。それが嫌ならそばを離れればいいって話なんだけど、困ったことにまだあそこから出られない事情もある」 「事情…?」 そういえばこんなことを人に話すのは初めてだ。 コーシは何だからしくない自分を笑ってやりたくなった。 「ま、甘い事言ってるのは自分でもよく分かってるんだ。昔、一時だけサキから離れて南区にいた事もあったから、今がどれ程恵まれてるのかも分かってる」 何を言っても言い訳のように聞こえてまた黙り込む。 いつだって目の前に立ちはだかるのは、果てしなく大きく高い壁。 でも、いつかは。 いつかは自分の力でこのスラムを出て、違う形でサキを超えてみせる。 口が裂けても言えない決意に難しい顔をしていると、いつの間にか着替えまで終わらせたセーラがすとんと隣に腰掛けた。 「コーシは、サキさんが好きなんだね」 「…」 素直に受けきれずに舌打ちをする。 コーシは立ち上がると今度は自分が服を脱いだ。 「ねぇコーシの話、もっと聞きたいな」 「何が楽しいんだよそんなもん」 「コーシのこと、もっと知りたい。もっとコーシに笑って欲しい。悩みがあるなら一緒に悩みたい」 「…」 体の関係でストレートに口説かれることはあっても、こんな心に触れる要求はされたことがない。 コーシは僅かに揺れた瞳を誤魔化すように頭から水を浴びた。 「…お前さ、もう少し人との心の距離の取り方知った方がいいぞ」 セーラは振り返りそうになり、慌てて前に向き直った。 「えと…。今のは駄目だったってことだよね」 「…」 「ごめん…」 しょんぼりと肩を落とし大人しく待つ。 水を止め着替えを終えると、コーシはセーラの前にしゃがみ込んだ。 「…悪い」 「え…」 「さっきのは半分、ただの八つ当たりだ」 素直すぎるセーラといると、くだらない心のメッキがパラパラと崩れ落ちていくようだ。 それでも捨てきれないプライドが、己の本音と向き合う事を避けさせる。 「…行こう。レイビーはまだまだ先だ」 「うん」 二人は手を繋ぐと階段を登りまた地上へと戻った。
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