サキ

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スラム街中央区の路地裏。 M-Aからフラッガの情報を聞いたカヲルは、事の重さを理解し青ざめていた。 「まさか…、本当にそんな奴がこのスラムに?」 「ああ。どこまで食い込んどるんかは分からんが、そのうちセーラを探す為に何かしらの動きを見せるんは間違いない。俺らはそれを見逃さず捕まえるんが仕事や」 「セーラは今どうしてる?」 「先にコーシとレイビーへ行かせた」 カヲルは目をつり上げた。 「何故こっちに先に声をかけなかったんだ。あたしはコーシにこれ以上深入りさせるのは反対だ」 「セーラを奪われたらフラッガを見つけ出すのが困難になる。手遅れになる前に逃しただけや」 「それこそコーシがセーラに本気にでもなったら手遅れだろうが!!」 M-Aは憤りながら背を向けたカヲルの肩を掴んだ。 「待てや。どこ行くねん」 「レイビーに決まってる。セーラの現実をちゃんとコーシに教えるんだ。必要ならあたしがセーラを保護する」 「まだ勝手に動くなや」 「悠長に待っていられるか!!何故そんな非道な事が出来る!?最後に大きく傷つくのはコーシなんだぞ!!」 もめているとM-Aの手下が数人、女を一人引きずりながら戻ってきた。 「M-Aさん、お待たせしました」 「おお、やっと見つけたんかい」 「はい、この女がカナンです。随分手こずりました」 パサパサの髪を振り乱した女はM-Aを見るなり大声で騒ぎ出した。 「離せ!!離せって言ってんだよ!!私が何したって言うのよ!!」 「おーおー、元気やのぉ。コーシにちょっかいかけたカナンやな?」 カナンは挑むようにM-Aを睨み上げた。 「コーシ?ふん、あんな腑抜けの腰巾着なんてどうでもいいっての!!それよりサキは!?いったいいつになったら中央区へ戻って来るのよ!!」 M-Aは煙草を取り出すと無機質な目で火をつけた。 「お前、他所から来てちょっとばかり幅利かせとるらしいが、なぁんも分かっとらんな。コーシが沈黙を守ってるのをええことに悪質な嘘まで流しおって」 「嘘じゃないわ!!あいつはサキの名で私を連れ込んで無理矢理犯した!!」 「アホぬかせ。無理矢理連れ込むほどあいつが女に困っとるわけないやろ。それに調べはもう上がっとんねん」 ごつい指がカナンの顎を捕らえ、顔を上げさせる。 M-Aの黒い瞳には押し殺した怒りが浮かんでいた。 「…お前、コーシにサキが帰ってきたら仲を取り持て言うて随分執拗に付き纏ってたんやてな」 「…」 「コーシがお前を襲ったとはよう言うた。袖にされて腹立てたお前が、弱み握る為に家まで侵入してコーシを襲ったんやろが」 「それは…!!」 「まぁ、ここからは俺の勝手な推測やが、あいつが大人しく手玉に取られたとは思わん。お前、返り討ちにあってコーシに噛みつかれたんちがうか?」 「…」 「せやから腹いせにあいつが大事にしてるデータごとパソコンぶち壊して出てきた。おまけにその後もしつこくコーシを見張らせて、お嬢ちゃんを匿ってる事もあらぬ尾鰭をつけて言いふらしとるときた」 後ろで聞いていたカヲルの目がこの上なく険しくなる。 M-Aとカヲルの底冷えする殺気に、カナンは青くなると震え出した。 「な…、何よ…。何であんな奴一人にムキになるのよ!!」 「ここにサキがおらんかった事に感謝するんやな。あいつは大概のことにはアホみたいに寛容やけど、コーシが絡むとちょい見境ないぞ」 「…」 「それに中央区の連中もや。噂を立てても皆あんまり本気で取り合えへんかったやろ?ここの奴らはコーシを赤ん坊の頃から見てきとる。本人に自覚はあんまないみたいやけど、コーシはサキ同様に皆の信頼を得てるんや」 カナンはどす黒い顔になるとM-Aを睨み上げた。 「…あんな、あんな腰抜けの何がいいわけ!?あそこまでされてもナイフのひとつも抜けない軟弱男のくせに!!」 悪あがきで罵ったが、この一言こそ地雷だった。 M-Aはカナンの前髪をがしりと掴んだ。 「コーシに人を殺させん為にこのスラムを根底から変えたんが、サキや。そこを履き違えてる時点でお前はサキに近付く資格すらない」 カナンは恐怖に引き攣りヒステリックに泣き出した。 M-Aはやれやれと肩をすくめると男達に目線だけで連れて行けと合図を送った。 「カヲル、悪いけどお前もこいつの後処理頼むわ」 「何であたしが」 「見ての通りカナンはあんまり頭の切れる奴やない。もしかしたら誰かに吹き込まれてサキに近付こうとしたんかもしれん」 「…」 「何もないんやったらええけど、一応洗っといてくれ」 カヲルは不承不承ながらも頷いた。 「分かった。でもあたしはセーラの事、まだ納得してないからな」 厳しく言うと男たちを引き連れて路地裏を出て行く。 一人だけM-Aの側に残った男は喉で低く笑った。 「わざわざコーシの尻拭いしてやるとは親バカは健在だな、M-A」 「アホか。こんな面倒なもんほんまやったら絶対に手出さんわ。問題はカナンがばら撒きよったセーラの噂の方なんや」 「コーシが金払って囲ってるって言う絶世の美少女のことだろ?」 「…それ、本人の前で言うたらブチギレられんぞ」 「それこそただの噂なんだ。放っておけばいいだろ」 そう、本来なら大した問題ではない。 だが今回はそのせいでフラッガに嗅ぎつけられた可能性が大いにある。 「まぁカナンを締めとけば噂もじきに鎮火するやろうが…。全く、とんだところで足をすくわれたもんや。あー…サキ早く帰ってこーへんかなぁ。全部押し付けたんのに」 面倒そうに愚痴りながら、M-Aは煙草を咥えて遠い目をした。
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