サキ

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半日近く移動を続けていたコーシは、シェルターへ降りるゲートに近付くとやっと速度を落とした。 ここのゲートは歪な形で、完全に壊れているのか半分近く開けっぱなしになっている。 そこからシェルター内に入ると、すぐになだらかな丘になった。 麓には小さな集落が見える。 「あれがレイビーだ。もう着くぞ」 しがみつく手には、もうあまり力がない。 休憩を挟んできたとはいえセーラはかなり疲れていた。 コーシは丘を下りきると集落に入る前にバイクを止めた。 「歩けるか?」 「う、うん」 コーシに降ろしてもらうと、ふらつきながらも何とか一人で立つ。 「先にここを取り仕切ってるトレッカに挨拶だけしに行く。その後隠れ家に着いたらゆっくり休もう」 「隠れ家…」 「ああ。村から少し離れたあの丘の中腹にあるんだ。変な家だけど普通に寝泊まりはできる」 二人はバイクをその場へ残し村へと入った。 久々に見るレイビーは相変わらずのんびりとした風景だった。 昔はかなり殺伐としていたらしいが、今となっては貧しいながらも道ゆく人に穏やかな笑顔がある。 「あれ、コーシ!?コーシじゃないか!!」 コーシに気付いた者が次々と寄ってきた。 「久々じゃない!あんた、また大きくなったわね」 「サキさんは?一緒じゃないのか?」 「この子は誰だ?」 コーシはセーラの帽子を下げると後ろに隠した。 「トレッカはいるか?急ぎなんだ」 「何かあったのか?トレッカならそこで…」 男が指差した方向から猛烈な勢いで女が走ってきた。 「コーシ!!あんた、来る時は知らせてから来いって毎度言ってるじゃないか!!何の用意も出来てやしないよ!!」 「別にもてなしてもらうつもりはねーよ。それより少し話がしたい」 「分かった。うちへ来な。サキは?」 「いない」 「そうかい」 トレッカは人を払うとすぐそばの小さな家へ二人を招き入れた。 「上着は脱いどくれ。どうせ地上から来たんだろ?汚染物はいらないよ」 コーシは言われた通り上着を脱ぐとセーラの帽子と上着も脱がせた。 隠れていた長い髪がさらりと落ち、ガラス玉の様な瞳が伺うように見上げてくる。 トレッカは見たことのない美しい少女に愕然とした。 「な…あんたっ…!!まっ、まさか攫ってきたんじゃないだろうね!?」 「んなわけねーだろ!!」 トレッカは冗談抜きでオロオロとした。 「一般市街の上流階級にだって中々こんなお嬢さんはいないよ。バカだねぇ犯罪に手を染めるなんて…」 「だから違うって!!わけあって俺が預かってるだけだ!!」 「預かってる…?」 トレッカは何度も瞬きをすると改めてセーラを見つめた。 「あたしはトレッカ。あんたはどこのお嬢さんだい?」 セーラはその愛らしい顔で微笑むと、鈴の様な軽やかな声で答えた。 「セーラです。私はどこのお嬢さんでもなくて、ただコーシを愛するために…」 「セーラ!!」 コーシは慌ててセーラの口を塞いだ。 トレッカは花のような少女とコーシを見比べた。 「で、あんたは何しにわざわざここまでこの子を連れて来たんだい」 「しばらく中央区には近付けなくなったんだ。サキと落合うまでレイビーに居させてほしい」 「それは構わないけど…、厄介ごとかい?」 「まだはっきりとは分からない。ただ、セーラが狙われる可能性がある。詳しくはサキが来てから聞いてくれ」 トレッカは綿菓子のようなピンクの髪をかきあげた。 「ま、あんたの頼みじゃ断れないさ。でも…本当にやましい事はないんだね?」 「ねぇよ!!むしろ俺はこいつに押しかけられたんだぜ!?」 指をさされたセーラは頬を赤くしながら頷いている。 トレッカは冷静になると二人を観察した。 どういった関係かは分からないが、確かに密なものは感じない。 だが二人の間に緊張感はなく、少なくとも信頼は築いているように見える。 「分かった。好きなだけいな。何か困ったらあたしに言えばいい」 「ああ、助かるよ」 簡単に礼を言うとセーラに帽子だけかぶせ直し、トレッカの家を出る。 その辺で適当に食料を調達するとすぐに村を離れた。 周りに人がいなくなると、コーシはこんこんとセーラに言い聞かせた。 「いいか、お前は一般市街の孤児院から来たんだ。スラムで迷子になっていたから、俺が保護することになった。間違ってもヒューマロイドだとか、愛するためにとか、ややこしいことは言うなよ?」 真面目に聞いていたセーラは困ったように見上げた。 「でも、コーシが大好きなのは嘘つけないよ」 真っ直ぐな瞳で言われて、コーシは思わず目を逸らした。 せめて、セーラが十人人並みの容姿なら耐えられたかもしれない。 だがどう見ても精緻な人形のように美しい少女が紡ぐ純真な愛の言葉は、偽りと承知していても胸が騒ぐ。 コーシは煙草を取り出すと、心を落ち着けるように火をつけた。 「…分かった。とりあえず、トレッカたちにはお前は俺の女だって言っとく。だからそれ以外余計なことは言うなよ?」 セーラは少し考えてから今度は頷いた。 「まぁ、その方が余計な虫も寄らなくていいか…」 コーシはやれやれと小さく呟くと、今から登るなだらかな丘を見上げた。
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