22人が本棚に入れています
本棚に追加
/65ページ
南区から広野を経て、ぐっと北東に進んだ先に広がるのはスラムで一番賑やかな商業区だ。
この十年で一気に成り上がり、今や一般市街との交流も盛んになっている。
今の商業区しか見たことのない者は、ここがスラムの一部だと言われても到底信じられないと言うだろう。
その人通りの多い商店街で、サキは次から次へとつかまりまくっていた。
「サキ、いい所に立ち寄ったぜっ!!今度大きな商談があるんだ!!相談に乗ってくれ!!」
「サキさん!!こっちもお願いします!!ふっかけていい価格これであってますか!?」
「おぉい!!こちとらどれだけお前を待ってたと思ってんだ!!先にこっちだろ、サキ!!」
出来るだけ迅速に対応していたが、呼び止められる数が多すぎる。
半日かけても通りを抜けられず、サキはいい加減うんざりした。
「あのなぁ!!くだらねぇ用まで俺に頼るんじゃねぇよ!!今度大量に秘訣本をララに買わせるからそれでベンキョしろぃ!!俺は急いでるんだ!!」
無理矢理振り切っていると、後ろからがしりと太い腕が首に巻きついた。
「よぉ、サキ。何遊んでんだよこんな所で」
「ララ!!お前を探してたんじゃねえか!!」
絡んできたのは茶色い髪を獅子のように伸ばした筋骨逞しい男、ララージュだ。
こう見えても三十半ばにして商業区を回す第一人者だ。
「探してた…、探してたか、そうか。俺が何度呼び出しても、まぁったく現れねぇお前が、俺に文句言うほど探してたか、そうかそうか」
ララージュは力任せに首に回した腕に力を込めながら、人気のない路地裏までサキを引きずった。
「ララ、ぐるじい…」
「うるせぇ!!お前が中々来ねぇから、もう少しでこの商業区が荒れるところだったんだぞ!!」
「何…?」
太い腕を無理やり抜けるとサキは首を捻りぱきりと鳴らした。
「どういう事だ?」
「どういう事もこういう事もねぇ。商業区はまだまだ発展途上で、急速な変化に対応が追いついてないのが現状だ。何とか取り仕切ってるが、最近俺らの目の届かない所で怪しげな商人も出入りしている。どうやらその中に内部情報を探ってる奴がいるらしいんだ」
陽気だったサキの目つきが鋭く変わる。
ララージュは両手を広げて訴えた。
「勿論俺だって見張りを強化させたぜ?それでもこれといった証拠もなく怪しいからというだけで追い出すことは出来ねえ。だがこのままじゃ後手に回るのは確実だ。だからお前に知恵を借りようと呼び出してたんじゃねぇか」
サキは考える顔になると顎に手を添えた。
スラムは大事な時期を迎えている。
今商業区に何かあれば、何年もかけて底上げしてきたものが一気に崩壊しかねない。
それに一見関係なさそうだが、フラッガの件が頭にちらついた。
こういう時の勘は決して外れはしない。
「…分かった。商業区を予告なしで一時完全封鎖する」
とんでもない決断をあっさりと下され、ララージュの顎は地面まで落っこちた。
「ばっ!!馬鹿言うんじゃねぇよ!!一日閉鎖する毎にどれだけの損失が出ると思ってやがる!!」
「分かってるさ。だが悪い膿は早々に絞り出す。ま、クレームの嵐だろうがそこは上手く誤魔化してくれ」
ララージュは頬を子どものように膨らませるとサキの腹に肘を叩き込んだ。
「相変わらず可愛くない奴だな!!毎度毎度とんでもない事を簡単に頼みやがって!!」
「可愛くてたまるか!!お前が知恵を貸せって言ったんだろうが!!」
瞬時に腹筋を総動員させてこの一撃に耐えたサキは、お返しに顎に一発拳を炸裂させた。
尻餅をついたララージュは顎をさすりながらすぐに飛び起きた。
「相変わらずバカ強えーなこの野郎!!」
「お前は相変わらずクソ頑丈だなこの岩野郎!!」
がなり合いながらも二人の間に険悪な空気はない。
これはいつものじゃれ合いのようなものだ。
「で!?封鎖の理由はどうするんだよ!!ちっとやそっとの理由じゃ誰も納得しねぇぞ!!」
「理由は一切公開しない」
「何だと!?」
「その方がやましい事を抱えてる奴らには効くはずだ。封鎖期間も未定にしろ」
「お前な、暴動が起きるぞ!?」
「その寸前まで商人たちの動きをよく観察するんだ。外と絶たれて苛立つ者はシロ、顔色を変えて何とか外に出ようとする奴がクロだ」
ララージュは首を捻りサキが言わんとする事を考えた。
「…なるほど。確かに苛立つのは封鎖の影響が生活に直結した者の正常な反応だ。一方で後者は別の目的がある奴の取りがちな行動ってことか」
「そう言う事。ま、目星がついてもまだ泳がせといていいぜ。目的と黒幕がはっきりしたら俺が一斉に処分する」
話し方は変わらないのに危険な気配が濃厚に漂う。
ララージュは息を飲むと、一瞬気後れした自分に舌打ちした。
「…ふん、サキがいるってのにスラムに手を出そうなんて馬鹿な奴がいたもんだぜ」
「スラム以外から見れば俺だってただのチンピラみたいなもんさ」
サキは不敵に笑うと人差し指をララージュに突きつけた。
「閉鎖期間中、必要なら溜め込んだ資金を全て解放しても構わない。必ず敵の尻尾を掴み、且つ商業区を持ち堪えさせろ」
かなり無茶な要求にも関わらず、ララージュの胸は熱くなった。
これが普段は親しみ易いサキの絶対王者としてのもう一つの顔。
この支配者の呼吸には不思議と小気味良いほど熱い気持ちで従わされる。
ララージュは黙って頷くと、サキを軽く睨んだ。
「お前はまたシェルターの外へ行くんだろ?この赤字が埋まるくらい商業区が潤うような土産、期待してるぜ」
サキは肩をすくめるといつもの陽気な顔に戻った。
「まぁ、ちょっとややこしい事態になりそうだし、次はいつ行けるか分かんねぇよ」
「前にも言ったが、そろそろ俺も連れてけよ」
「無理無理。コブ付きじゃシャトルにも乗せてもらえねえ」
「コーシは連れて行くのにか?」
サキは目を丸くした。
「なんで知ってんの?」
確かに以前コーシを連れて行ったが、それはかなり細心の注意を払って極秘で連れ出したはずだ。
ララージュはにやりと笑うと得意げに胸を反らした。
「俺の客にはターミナルに勤めてる奴もいるんだぜ」
「あちゃー。誰だよちくった奴」
ぱちんと額に手を当て天を仰ぐ。
「コーは特別だ。あいつの才能はスラムだけじゃ花開かん。外の世界を見せたくなるのは親心だろ?」
「なにが親心だっ。この人でなしの代表がっ」
「うわっ、しーんーがーいー」
ララージュはパンッと自分の膝を叩くとひとつ気合を入れた。
「こっちはまぁ任せとけっ。だが結果はお前が聞きにこいよ?いつもフラフラしやがって。お前を探すだけで半年かからぁ」
サキはにっと笑うと背を向けた。
顔には出さないが、じわじわと何かがスラムに入り込む嫌な感触が消えない。
サキはレイビーに戻るのを後回しにし、他にも異常がないか見て回る事にした。
最初のコメントを投稿しよう!