揺らぐ想い

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揺らぐ想い

眠れぬ一夜を終えたコーシは、やっと朝を迎えた部屋の中で気怠い体を伸ばした。 「コーシ、おはよう」 寝室から出てきたセーラが目をこすりながらこっちへ来る。 ぐっすり眠れたのか、顔色は随分良くなった。 コーシは煙草を咥えると立ち上がった。 「今日はレイビーへ降りよう」 「うん」 屈託のない笑顔を見ていると、セーラは何も知らないのではと思えてくる。 コーシは二、三回頭を振ると、少しでも目が覚めるように顔を洗いに流しへ向かった。 まだ人の少ない早朝のうちに村を見て回ると、再びトレッカの家を目指す。 セーラはうきうきと隣を歩いていたが、突然思いもよらぬ事を告げられた。 「え…?」 「だから、俺はしばらくサキを探しに出る。今日は暗くなる前には戻るからそれまでトレッカの所で待っていてくれないか」 「…」 「心配しなくてもここならしばらく追っ手は来ない。それにトレッカの側から離れなければ安全だ」 動揺に瞳を揺らしたが、ぐっと飲み込むと笑顔を見せる。 「分かった。待ってる」 自分がこう言えば、セーラは頷くしかない。 それが分かっているだけに罪悪感が湧いたが、それでも今は一刻も早く行動に移したかった。 トレッカは朝早くに現れた二人に笑顔を見せた。 「こんな朝っぱらからどうしたんだい?朝飯でも食べるかい?」 「いや、もう食ってきた。トレッカ、俺がいない昼間にセーラを預かってもらえないか?」 「何だって?」 「サキを探しに行きたいんだ。どこにいるのか見当がつかないから何日かかかると思う」 トレッカはまじまじとセーラを見た。 「あんた、こんな子を一人にする気かい?」 「一人に出来ねぇからあんたに頼みたいんだ。信用できるのはサキの連れであるあんたくらいだからな」 「別に構わないけれど、残るってんなら一緒に働いてもらうよ」 「…」 二人に見られてセーラはきょとんとした。 「…働くっつっても、あんまり役に立たないかもしれねぇけど」 「まぁ、男どもは活気付くだろうよ」 コーシはムッと眉を寄せた。 「セーラは俺の女だ。虫は払っといてくれ」 「はいはい、そういう事にしておくよ」 にやにやと言われて目を逸らす。 コーシはセーラにも釘を刺した。 「セーラ、変なのが付き纏ってきても無視しろよ」 「むし?」 「相手にするなって事だ」 「うん、分かった!」 元気すぎる返事には不安しかない。 トレッカは楽しそうに笑うとバンとコーシの背中を叩いた。 「心配ならあんたが仕事場までセーラを連れて来な。ひと睨みしてやったら誰もセーラに手出し出来ないだろうさ」 「…」 「後一時間もすれば皆集まってくる。先に話は通しておくよ。じゃあねセーラ、後でね」 セーラの頭を撫でるとトレッカはいそいそと職場へと行ってしまった。 トレッカの元へ働きに来た少女達は、早速コーシが美少女を連れて来るという話題で大盛り上がりしていた。 「上流階級のお嬢さんなんでしょ!?いやーん禁断の恋!?」 「清楚な美少女なんてコーシらしくない趣味よねぇ」 「もしかしてトレッカが大袈裟なだけかもよ?」 「でも美人って絶対高飛車というか、性格良くないイメージだわ。大丈夫かしら」 男達は黙って素知らぬふりをしていたが、誰もがしっかりと聞き耳を立てている。 興味本位なざわめきで賑わう中、トレッカはつかつかと前まで来ると大きく手をたたいた。 「ほらほら、静かに待ちな。あ、来た。コーシ、こっちだよ!」 トレッカが手を振ると、全員の視線がその先に集まった。 コーシが近づくにつれて、騒めきが静まり返る。 「トレッカ、頼む」 一言だけ言うと、後ろ手に引いていたセーラを前に出す。 ふわりと躍り出た少女は皆を見回すとぺこりとお辞儀をした。 その場の空気は、まるで春の光が差したように一変した。 少女の微笑みは香しく、まさに可憐な花という言葉そのものだった。 「皆待ってたよ、セーラ。ほら、挨拶しな」 「うん!」 トレッカに促されると、セーラは惜しみなくその魅力的な笑顔を振りまきながら元気に挨拶をした。 「セーラです!コーシのおんなです!よろしくお願いします!」 コーシは本気でこけそうになったが、腹筋に力を込めてなんとか堪えた。 トレッカは吹き出すとセーラの頭をぽんと叩いた。 「何を仕込まれたのかは知らないけれど、心配せずにここにいな」 ひと睨み効かせるどころか根こそぎ気力を萎えさせられたコーシは、痛む頭を押さえながら好奇の目にひたすら耐えた。 「じゃあ、行ってくる」 セーラの額を軽く小突くと、くるりと背を向け歩き出す。 その姿が見えなくなると、沈黙は爆発的に破られた。 「セーラちゃん、セーラちゃんはどこ出身なの!?」 「本当に、可愛すぎてびっくりしちゃった!!」 「うわぁ綺麗なお肌ね!!赤ちゃんみたい!!」 「コーシとはどうやって知り合ったの!?」 トレッカはセーラを皆から引き離した。 「この子はあたしが預かったんだ。皆、変なマネしたら容赦しないよ!!さぁ仕事に行った行った!!」 女も男も未練たらたらで文句を言いながらも動き始める。 トレッカはセーラを連れてまずは職場見学をさせた。 「仕事は出来そうなのがあれば、それをしてくれればいいさ。それより誰かに何かされたらすぐあたしに言いな。そんなヤツは捕まえてとっちめたげるからね」 セーラは不思議そうに瞬いた。 「何をされたら、言ったらいいんですか?」 これには面食らって思わず足を止める。 「…こりゃとんだ箱入りだね。いいかい?自分がされて嫌なことをしてくる奴がいれば、あたしに言うんだ。それから、敬語なんてのもいらないよ。堅苦しいのは嫌いなんだ」 トレッカの言葉を一つ一つ受け入れると、セーラはしっかり頷いた。 「…うん、わかった!」 その素直さには好感が持てたので、トレッカはとりあえず色々教えながら皆に馴染ませていこうと考えた。
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