可憐な少女

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可憐な少女

鈍色の海。 人は長い間、もうこの色しか知らない。 有害なヘドロとゴミに侵された波の音はとぷんとぷんと重た気で、その悪臭は酷く寄り付く生き物はいなかった。 そんなゴミ溜めのような波打ち際に、一人の青年がぼんやりと佇んでいた。 髪は明るい金髪に染められ、両耳にはいくつもピアスが光る。 整った顔立ちとライムグリーンの瞳が華やかな印象を与えるが、纏う空気は明らかにスラムの擦れ者だ。 青年はしばらく指の中で弄んでいた小さなチップを落とすように油の海に捨てた。 半年以上かけて作り上げた独自の設計図とプログラムがあっという間にゴミになる。 しばらく無言でそれを見下ろしていたが、舌打ちをすると煙草を取り出し火をつけた。 寝不足のせいでぼやける意識のまま海を眺めていると、ふと波音に混じって何か聞こえてきた。 「…いぬ?」 沖合から微かにきゃんきゃんと犬の鳴き声がする。 朝日を浴びてうっすら光る海に目を凝らすと、数メートル先にゴミと一緒に流されて行く犬を見つけた。 青年はのんびり煙草をふかしながらその犬を眺めていた。 助けたところで、きっとあの犬はこの過酷な地上では生きていけない。 無駄に煙い煙草が半分程になり、それも海に捨てて去ろうとした時、犬とは別の声が耳に届いた。 「こっちよ!!まだ諦めないで!!」 青年はとんでもないものを目撃した。 なんと黒い海に先程の声の主と思われる少女が飛び込んでいたのだ。 この汚れた海は重い。 沖に出ては浮く事すらままならないはずだ。 「おいっ…、バカかお前!!行くな!!」 思わず叫ぶと、少女は既に頭の上まで真っ黒になりながら振り返った。 人がいるとは思っていなかったのだろう。 少女は驚いていたが、すぐに笑顔になり明るい声で応えた。 「大丈夫、あそこなら急げば間に合うから!!」 間に合う間に合わないの問題ではない。 少女は何度も浮いたり沈んだりを繰り返し、懸命に沖へ進むと油の塊と化した犬を抱え上げた。 だが問題は行きよりも帰りだ。 両手が塞がったまま上手く動けるはずがない。 「その犬を捨てろ!!死にたいのか!!」 見かねた青年が再三警告したが、少女は決して手にした命を離そうとしない。 そうこうしているうちに背後から押し寄せるゴミだらけの大波に飲まれ、跡形もなく消えた。 「嘘だろ…」 犬ならともかく、人となれば話は別だ。 青年は上着を脱ぎ捨てると急いで海に飛び込んだ。 どぷどぷと波をかき分け、犬がもがいている辺りまで辿り着く。 少女はゴミに引っかかったまま意識を失っていた。 「おいっ…、おいっ!!」 乱暴に揺さぶるも髪からだらりと黒い液体が滑り落ちるだけだ。 青年は少女と、ついでに一匹を抱えて一心不乱に浜辺を目指し重い海から上がった。 「っはぁ、はぁ…、くそっ」 身体中がオイルにまみれ危険な刺激を感じる。 今は何よりこの付着した毒を洗い落とすのが先だ。 「なんっで俺がこんなこと!!」 罵詈雑言を吐き散らしながら、青年は海のそばにある廃屋まで走った。
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