揺らぐ想い

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トレッカの心配をよそに、セーラは何でも上手にこなす上にすんなりと皆に溶け込んでいた。 それどころかその素直な気質と分け隔てない明るさは、男も女も瞬く間に虜にした。 「ねぇ、コーシとはどこまでいってる関係なの?」 女子が集まれば自然と恋話に花が咲く。 午後の布織をしながら、少女たちは興味津々で質問をした。 セーラは目を瞬くと小首を傾げた。 「えっと、どこまで…?」 「やだセーラ、もうキスはしたの?それともそれ以上?ってことよ!」 皆の目がキラキラと注目するが、当のセーラは僅かに首を横に振っただけだ。 「そんなことしたら、怒られちゃうよ」 少女たちは不満そうに口を尖らせた。 「どうして?だって二人は恋人同士なんでしょう?」 「そうよ、怒られるはずないじゃない」 「それともセーラは実はコーシがあまり好きじゃないとか?」 セーラはびっくりして慌てて言った。 「ううん!コーシのことは大好きだよ!でも、コーシはそうじゃないから…」 「えー!?」 少女たちの絶叫が部屋中に響き渡る。 「信じられない!!セーラみたいに可愛い子が本命じゃないなんて!!」 「じゃあどうしてわざわざここに連れて来たのかしら?」 「いっそのことセーラから迫ってみれば!?」 「それいい!大体もうちょっと可愛らしい服ないの?私の貸してあげようか?」 「じゃあ私が髪を結ってあげる!セーラ、その代わり頑張るんだよ?」 あれよあれよと話がまとまる。 少女たちは仕事が終わると奮起してセーラを着せ替え人形のように飾り付けた。 夕刻。 予定通りコーシが迎えに来ると、朝とは見違える少女が立っていた。 「…なん、だよ。そのカッコは…」 セーラの髪は程よく後れ毛を残してアップにされていた。 くるぶしまで長いワンピースはふんわりとしたパステルカラーで、素足には石の装飾が付けられた華奢なサンダルが履かれていた。 その立ち姿はいつものあどけなさより女らしさが程よく際立つ。 セーラは気恥ずかしそうに頬を染めると、コーシをそっと伺った。 「おかえりコーシ。えと、…変?」 「変…とかじゃなくて…」 少女達はわくわくと反応を伺っていたが、コーシは不機嫌そうに目を逸らしただけだ。 「…帰るぞ」 「うん」 つかつかといつもより足早に歩く。 セーラは隣に並ぼうとしたが、慣れないサンダルに足がもつれた。 「コーシ、わわっ…!」 「何やってるんだよ」 「…うん。ごめん」 「謝んなよ。どうせ皆が面白半分でしたんだろ?お前がそんな格好したら…」 周りの男たちは一人残らず相好を崩してセーラを見ている。 コーシは眉を寄せるとこれみよがしにセーラを抱え上げた。 「とにかく、帰ったらすぐ着替えろよ。目立ってどうするんだ」 「…うん」 しょんぼりしながらコーシの首に巻きつく。 コーシはぎくりと肩を揺らした。 セーラから仄かに香る、甘い匂い。 香水や練り香ではない好ましい肌の香りだ。 少し離れただけなのに、今までになかった僅かな変化に気付いた自分に戸惑う。 「コーシ、怒ってるの…?」 頬を擦り寄せ囁かれ、耐えきれなくなったコーシはセーラを降ろした。 「お前なぁ、追い打ちはヤメロ…」 「え?」 「…いや。別に怒ってるわけじゃない。今日は楽しかったのかよ」 セーラはぱっと笑顔になるといっぱい頷いた。 「あのね、みんな優しいの。トレッカも私大好きになっちゃった!それでね、朝はみんなでね…」 ガラスの瞳は見たことがないくらい生き生きと輝いている。 今度はゆっくり歩きながら、身振り手振りで話をするセーラに付き合った。 それにしてもこんなに感情が豊かなのに、セーラの心は本当に偽物なのだろうか。 それともやはり頭の機械に命令されて、ただ人らしく振る舞っているだけなのだろうか。 コーシは鬱念とする頭を振った。 「明日はちょっと遠くまで足を運ぶから、夜も帰れないと思う。トレッカのうちで待っててくれるか」 「えっ…」 ぴたりと話を止めると、急に元気がなくなる。 「…うん。コーシ、気を付けて帰ってきてね」 「…」 コーシはセーラの頭を引き寄せるとくしゃくしゃと撫でた。
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