揺らぐ想い

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翌日もセーラは元気に過ごしていた。 周りの皆は優しいし、与えられる仕事もなんだか楽しい。 働き終えるとトレッカの家に一緒に帰り、そこでも暖かく迎え入れられ笑顔は絶えなかった。 だが初めてコーシがいない夜は予想以上に辛く、かなり堪えた。 与えられた部屋で一人になると、窓辺に手をつき伏せる。 このままコーシの気が変わって、もう二度と帰ってこないのではないかとさえ思えた。 ぐっと両手を握りしめていると、ドアがコンコンと鳴った。 「セーラ」 顔を覗かせたのはトレッカだ。 セーラはすぐに笑顔を取り繕った。 「なあに?」 「いや、寂しがってるんじゃないかと思ってさ。あんたはコーシに、ぞっこんらしいからね」 温かいブランデー入りのミルクが、すぐそばのテーブルの上に置かれた。 「ありがとう。でも大丈夫。コーシは明日、帰ってくるんだし…」 言いながらも自信がなくなり、声のトーンが下がる。 トレッカはセーラをベッドに座らせるとその隣に腰掛けた。 「あんたとコーシのこと、聞いてもいいかい?」 セーラは困ったように首を横に振った。 「どうして?」 「余計なことは、言わないようにって…」 「分かった。じゃあ答えられるところだけでいい」 セーラは少し構えると背筋を伸ばした。 「あんたはコーシのことが好きなんだね?」 思ったより答えやすい質問に、ほっとして頷く。 「じゃあ、コーシはあんたのことが好きなのかい?」 昨日と同じような質問に、セーラは瞬きをした。 「…ううん」 先にお喋りをしていた少女たちに聞いていたのだろう。 トレッカは特に驚きもせずにじっとセーラをみつめた。 「どうしてそう思うんだい?あの子の事だから好きだとかは言わないかもしれないけど…。ほら、態度で分かるものもあるだろ?」 「でも、コーシは愛情の押し売りはいらないって…」 必要ないとはっきり言われても、必要だと言われたことはない。 だから突然置いていかれたとしてもそれは仕方がないのだ。 「それでも今は私をそばに置いてくれてる。だからその間だけでも、私はコーシを愛していたいの」 無垢な瞳で淡々と落とす少女の言葉は、聞けば聞くほど理解できない。 トレッカはセーラの手に触れた。 「だけどそれじゃあ、あんたが淋しいだろうに。コーシに愛されたいとは思わないのかい?」 セーラは小さく頷いた。 何故ならそれは、ヒューマロイドとしては禁忌に触れる願いだからだ。 どんなに愛を注いでも、決して見返りを求めてはならない。 トレッカはセーラの頭を抱え込むと、背中をゆっくり撫でた。 「可哀想に。あんたはちゃんと愛を知らないで育ったんだね」 「え…」 「よくお聞き。人は人に愛されないと、本当の愛なんて学べない。上辺だけの愛情なんて鬱陶しいだけさ」 セーラの肩に力が入る。 浮かんだのはさっき自分でも言った「愛情の押し売りはいらない」という言葉だ。 もしかして自分は、全く見当違いの愛を押し付けているだけなのだろうか…。 小刻みに震えだしたセーラの体を優しく撫でると、トレッカは慈愛深く頬にキスをした。 「あんたはいい子だよ、セーラ。コーシだってきっとあんたを気に入ってる。まずはあんたがあの子を信じてみたらどうだい?」 セーラは俯くばかりで、いつもみたいに素直に頷くことは出来なかった。 トレッカは困ったように微笑むと、セーラを離した。 「ほら、ミルクがさめちまうよ。それを飲んでゆっくりお休み」 言われるがままに一口飲むと優しい味が体に染みた。 「美味しい…」 「そうだろ?全部飲んだらぐっすり眠れるよ」 トレッカは苦笑しながら立つと扉に手をかけた。 「お休みセーラ。淋しくなったらいつでもおいで」 「うん。おやすみなさい」 そっと扉が閉まると、ミルクから昇った湯気が儚く揺れた。
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