揺らぐ想い

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コーシは次の日の昼過ぎに戻ってきた。 疲労は溜まり一刻も早くさっぱりして横になりたかったが、とりあえずセーラを迎えに行くことを優先した。 セーラの居場所はすぐに分かった。 種まきをするはずの男達が、仕事そっちのけで賑やかに軒下に集まっていたからだ。 近くまで来ると鼻の下が伸びた声がわいわい聞こえた。 「ねぇセーラちゃん、今度二人で会わない?」 「しかし君はほんとにかわいいなぁ!」 「淋しいなら僕のところへ来てもいいんですよ」 どうやらコーシとはまだ深い仲ではないと聞きつけた青年達が、揃いも揃って口説いているようだ。 セーラの隣では少女達がやめなさいよと怒っているが、集団の勢いは止まらない。 コーシはムッとするとつかつかと歩み寄り、今にもセーラに触れそうな青年の手を掴んだ。 「何してんだよ」 「げっ!!コーシ!!」 皆が慌てて下がると、セーラはぱっと笑顔になり飛び出した。 「コーシ!!」 「お前、仕事は?」 「今日はカブにお水をあげたら終わりにしていいって…」 「じゃあ帰るか」 「うん!!」 セーラは輝く笑みをこぼしコーシに擦り寄った。 「おかえり…、おかえりなさい、コーシ」 「あんまりくっつくなよ。汚れるぞ」 引き離そうとしたが、ぎゅっと腕に巻き付き離れない。 「お前なぁ…」 「えへへ。なぁに?」 喜びに満ち溢れた瞳には自分一人しか映されていない。 コーシはやや満足すると、周りに冷たい目を向けてから踵を返した。 セーラの様子は置いて行った時と全く変わりはなかった。 その事に密かに安堵しながら、永遠と続く話を聞き続ける。 楽しそうにお喋りをするセーラは文句無しに可愛かった。 「まぁ、群がってもしょうがないか…」 熱いお湯を浴び、シトラスの泡で体を洗いながらぼんやりと呟く。 それにしてもまだ自分の中で燻るもやもやとしたものが消えない。 さっき自分が強烈に感じたのは、紛れもなく独占欲だ。 「…いや、いやいや」 そうじゃない。 それは違う。 例えばあれは、お気に入りのおもちゃを触られて怒る子どもと同じだ。 だから…。 「…」 コーシはお湯を止め、真水を出すと頭の上からザーザーとかぶった。 着替えて風呂から上がると、忘れていた食欲を刺激するいい香りが届いた。 「セーラ?何か作ってんのか?」 リビングを覗くと小さなキッチンでセーラがくるくると動きまわっていた。 「あのね、私昨日トレッカと一緒にお料理作ったんだよ。ちゃんと美味しくできたの。今朝それを分けて貰ったから、温め直したよ」 「見慣れねえ鞄持ってると思ったら、それだったのか」 「うん!」 用意された食事は、チキンのスープとパン、それによく煮込んだ野菜だ。 コーシは覚えのある香りに顔が綻んだ。 「…なんか、懐かしいな」 「懐かしい?」 「ああ。昔、一緒に居てくれた人がよく作ってくれた。その人もレイビー出身だったから…」 言い方からして、それはサキではなさそうだ。 二人は並んでソファに座ると一緒に食べ始めた。 セーラはパンを一口食べただけでこの上なく幸せになった。 やっぱりコーシと一緒に食べる食事は格別に美味しい。 「…うまいな」 「うん、美味しい!!」 コーシもこの二日ろくに食べていなかったこともあり、あっという間にたいらげた。 心地よい満足感と疲労感に機嫌が良くなると、コーシは珍しくよく喋った。 「…だから、それでしばらく足止め食らってさ。やっぱシェルター内を走るのはストレスが溜まるっつーか、面倒くさい」 「でも、地上ばっかり走ってたらいつか体が駄目になっちゃいそうだよ」 「それはまぁ、どれだけ地上の事を理解しているかに左右されるな。浄化が進んでる地域も案外あるんだ。綺麗な湖とかもあるんだぜ」 「入れるくらい綺麗なの?」 「飲める」 「えぇー!?」 真っ黒な海を思い出したのだろう。 セーラは目をまん丸にした。 コーシは笑いながらセーラの頬を軽くつついた。 「嘘。飲めるわけねぇだろ、地上の水が」 「えっ、えぇ!?」 「お前は悪い商法とかにもすぐに引っかかりそうだな」 「うぅ…。嘘つくなんてひどいよぉ」 ぱったりとコーシの膝に頭をつく。 煙草を探そうとしていたコーシの手は途中で止まり、代わりに長い髪に触れた。 だがその手に僅かに躊躇いが生じる。 その後を誘う触れ方なら分かるが、そうじゃないスキンシップなんてよく分からなかったからだ。 コーシはしばらく考えてから気を取り直すと、あやすように撫でた。 ようするに、何かの小動物だと思えばいいわけだ。 「お前、こんな無防備だから変に男が寄り付くんじゃないか?」 セーラは仰向けになるとコーシを見つめて微笑んだ。 「でも、私はコーシ以外いらないから…」 一瞬、呼吸が止まる。 心の中まで真っ直ぐ見つめる眼差しから、目が離せない。 完全に思考が止まったコーシの頬に、セーラの指先が触れた。 「どうしたの?」 思わずその手を払うと、無理やり立ち上がった。 「…煙草、外で吸ってくる。先に寝てろ」 素っ気なく言うと出て行ってしまう。 セーラは振り払われた右手を見つめると、のろのろと起き上がり食器を片付け始めた。 「愛って、分からない…」 小さく漏らした切なさは、ジャージャーと流れる水音に消えた。
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