揺らぐ想い

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セーラの容態が落ち着いてくると、コーシはレイビーまで買い出しに降りた。 何を食べさせればいいのか分からず店前で野菜を睨んでいると、トレッカがこっちへ走ってきた。 「コーシ!!この三日まるで音沙汰なかったからもう出て行ったのかと思ったじゃないか」 「悪い。俺が高熱ダニにやられた」 「何だって!?じゃあまさかセーラも…」 「ああ。さっきまで寝込んでた」 コーシは丁度いいとばかりに質問した。 「トレッカ、病人って何食べさせればいいんだ?普通の飯なら適当に作れるけど…」 「あんた、料理なんて出来んのかい」 「まぁ、サキが壊滅的に作れなかったからな」 店を見渡したトレッカは、いくつか果物と根菜を選んだ。 「これをよく絞ってやりな。それからこの野菜をしっかり煮たら、米を混ぜて食べさせておやり。体があったまるよ」 「分かった。明日からまたセーラを頼んでもいいか?」 「明日?熱が下がっても明日くらいは二人でのんびり休んだほうがいいんじゃないかい?」 「いや…、そうも言ってらんねぇんだ。出来るだけ早く戻るから、セーラの様子を注意して見ていてやって欲しい」 金を払い、紙袋に入れてもらった食材を受け取る。 ブツブツとレシピを反芻していると、トレッカに肩を掴まれた。 「コーシ」 「ん?」 「そうやって大事にしてるのに、どうしてセーラを放っておくんだい?」 余計なお世話だと分かっているが、このままではセーラがあまりに不憫だ。 理由があるのなら何とか協力してやりたかったが、コーシはふいと顔を背けた。 「別に放ってるわけじゃない」 「その気がないのに優しくするのはやめたげな。かわいそうじゃないか」 「何だよ。セーラが何か言ったのか?」 「セーラは何も言わないよ。あんたの言いつけ通りね」 「…」 「何が引っかかるのかは知らないけど、肝心なのはあんたの覚悟じゃないのかい?頭ばっかりで考えてたら大切なものを逃しちまうよ」 これだけ言ってもコーシの態度は煮え切らない。 トレッカは腕を組むとふんと鼻を鳴らした。 「あんまり泣かせるようなら他の男にくれちまうよ?セーラはうちでも引く手数多の人気者だからね」 「な…」 「嫌ならしっかり掴まえておくんだね」 ばしりと背中を一発叩き去って行く。 コーシは顔をしかめると足早に帰路についた。 家に帰るとセーラがソファで待っていた。 「お帰りなさい」 「起きてて平気なのかよ」 「うん、もう動けるよ」 紙袋を置き、セーラのおでこに手をやる。 顔色はまだ悪いが確かに熱はだいぶ引いている。 「簡単なもん作ってやるからそれまで横になってろよ」 「私が作るよ」 「いいから寝てろって」 どちらかといえば親切心だったのに、セーラは泣きそうになり俯いた。 「…迷惑かけてごめんね。私、もういらない?」 「…は?」 「もっともっとコーシの役に立ちたいのに、上手くいかないな…」 思い詰めたように、握りしめた小さな手は細かく震えている。 「あのなぁ。いるとかいらないとか、役に立つとか立たないとか、そんな事どうだっていいんだ。大体うつしたのは俺だろ?変なこと考えてないで、寝てろ」 動けないでいるセーラを抱え上げると、ベッドまで運ぶ。 下ろしてやるとまだ不安そうな手が服を掴んだ。 「何だよ。ただ飯作るだけだって」 「うん…」 ここまで不安にさせているのは、やはり自分の態度なのだろう。 コーシはそっとため息をこぼしたが、軽く引き寄せポンポンと頭を撫でるだけに留めて手を離した。 ———— 翌日。 すっかり良くなったセーラは元気な笑顔を振りまいた。 「コーシ、用意できたよ。行こう!」 「ああ。今日はまだ外仕事には出るなよ?」 「うん」 それはいつもと変わらぬ平和なやり取り。 だがコーシもセーラも、互いにそうしようと努めているだけだ。 ぎこちなくなる事だけはどうしても避けたかったからだ。 仕事場に着くと、皆は待ち構えていたようにセーラを取り囲んだ。 「おはようセーラ、熱が出たんだって?」 「心配したのよ。見舞いに行きたくても何処にいるのか分からないし…」 「まだ体調悪そうなら俺に言ってくれ。すぐに休憩できるようにしてやるよ」 男女問わず口々に話しかける。 トレッカはいつものように取り仕切り、セーラを引き寄せた。 「ほらほら、群がるんじゃないよ。今日は街からメイシー達が帰ってくるんだ。それまでに皆やる事終わらせてきなっ」 コーシはぴくりと反応した。 トレッカは意味深な目を向けると片目をつぶって見せた。 「だから、早くあんたも戻って来るんだよ」 「…」 セーラには意味が分からなかったが、コーシは気まずそうに目を逸らした。 「じゃあ、行ってくる」 「うん、いってらっしゃい。気をつけてね」 離れていく背中に、にこにこと手を振り続ける。 トレッカはセーラの気が済むまで待ってやると、明るく話しかけた。 「さぁさ、あたしらも準備しなきゃ。今日はね、一般市街で働いてる女達が帰ってくるのさ。倍はうるさくなるから覚悟しといた方がいいよ?」 その忠告通り、ニ時間後にセーラの周りは今までにない程賑わった。 集まったのは大体が二十代半ば以上のお姉様方だった。 帰ってくるなりセーラの噂を耳にした彼女達は、本人を見るや否や大はしゃぎで取り囲んだ。 「あなたが、セーラちゃんね!!本当にお人形さんみたい!!」 「あ、ちょっと!!私がほっぺ撫でようと思ってたんだから!あぁ、可愛いぃ…!!ぎゅってしちゃうー!!」 「ねぇ、コーシの女なんだって?」 「あのガンタレ小僧の何がいいの?顔は良くてもツレないでしょ、あいつ」 次々とつつき回されてセーラは目を白黒させた。 「ちょっとあんた達!この子は病み上がりなんだよ!加減してやんな!」 トレッカが注意すると一番派手に着飾った女がころころと笑った。 「あんたもこんな美少女押し付けられて大変ね、トレッカ」 「大変なもんかい。セーラはいい子だよ。それよりメイシー、今回の休暇は何日取れたんだい?」 「本当は四日だったんだけど、セーラちゃんがいるならもう少し伸ばそうかな」 「それなら急ぎじゃないんだね?」 トレッカは一番後ろで控えめに立つ女を手招きした。 「ああ、いたいた。こっちへ来ておくれ」 呼ばれて来たのは、とても柔らかな雰囲気の綺麗な人だった。 亜麻色の髪は肩の下まで丁寧に伸ばされており、優しい若草色の瞳は静かな知性も浮かべている。 目を見張るような華やかさではないが、清廉で柔和な魅力に溢れた人だ。 「コーシがいない間、セーラの相手をしてやってくれないかい?今はまだ仕事も控えさせてやりたいんだ」 「私でいいの?」 「あんたが適任だろうさ。セーラ、こっちはサナだよ。サナは昔からコーシの良き理解者でね。気難しいあの子が唯一素直に懐いていた、まぁ姉みたいなもんさ」 セーラはどきりとした。 その名に聞き覚えがあるからだ。 「サナ…さん?」 「サナでいいわ。よろしくね、セーラ」 「…」 優しい声。 優しい微笑み。 きっと、きっと間違いではない。 この人が、コーシの好きな人…。 「どうしたんだい?セーラ」 トレッカに言われてハッとする。 セーラはすぐにぺこりと頭を下げた。 「せ、セーラです。よろしくお願い…します」 サナはにっこり笑うと手にしたバスケットを持ち上げて見せた。 「今日は美味しいカップケーキをお土産に沢山持って来たの。良かったら一緒にお茶でもどうかしら?」 「は、はい…」 「そんなに緊張しないで。セーラの話も沢山聞きたいわ」 二人になることに怖気付いたが、トレッカは話がまとまるとさっさと皆を追いやった。 「さぁ、散った散った。あたしは忙しいんですからね。じゃあサナ、セーラをよろしくね」 「分かったわ」 サナはセーラを日当たりの良い部屋へ案内すると、楽しそうにお茶の用意を始めた。
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