茜色の塔で

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正午、庭でお姉様方に囲まれたセーラは笑顔でおしゃべりに花を咲かせていた。 トレッカは少し遠くから目を細めてそれを眺めた。 「なんだか少しすっきりした顔してるじゃないか。あんたに任せて正解だったよ」 隣ではサナが苦笑している。 「セーラに事情があるなら先に言ってくれればいいのに。おかげで泣かせてしまったわ」 「あんたなら寄り添ってやれると思ったよ」 壁にもたれながら賑やかなお喋りを見ていると、メイシーがこっちへ来た。 「はあぁ、セーラめちゃくちゃ可愛いね。好き勝手女と付き合ってきたコーシには勿体無いんじゃないの?ま、でもあれは本命だろうけどね」 「あんたもそう思うかい?」 「ふっふぅ、絶対そう!」 トレッカとメイシーは揃ってサナを振り返った。 「な、なに…?」 「何じゃないわよ。ねぇトレッカ」 「うんうん、セーラはサナにどこか似てるからね」 にやにやと笑う二人にサナは頬を膨らませた。 「もう、そうやってからかうからコーシが怒るんでしょう?」 「でも良かったじゃない。コーシがふらふらしてるの気にしてたんでしょ?これでサナも心置きなくイケメン旦那といちゃつけるわけだ」 「メイシー!」 メイシーはけらけらと笑ったが、トレッカはこれをたしなめた。 「あんた、そんな事言ってたら仕事場からその旦那に放り出されるよ。サナがレイビーとの橋渡しをしてくれるから働きに行けるってのに」 「はいはい、感謝してるってば」 軽口を叩きながらのどかな景色を見ていると、ふと建物の影からセーラを見ている二人に気付いた。 「あれ?セプラとルナ…?あんな所で何やってるんだろ」 二人はメイシーと目が合うとあっちへ行ってしまった。 トレッカは不審な目を向けた。 「サナ、あの子らはあっちでどうなんだい?ちゃんと頑張ってやってるのかい?」 「うーん…、あまり真面目とは言えないけれど…」 セプラもルナも、昔からレイビーのはみ出し者だ。 良からぬ仲間とつるみ、何かと問題を起こしてきたが、その仲間も南区へ行ってしまってからは一応大人しくなった。 だが居心地は悪かったのだろう。 レイビーから出る為に、一般市街へ働きに出る選択をしたのだ。 「今回はまたどうして帰ってきたのかね。いつもは声をかけても帰ってこないのに」 「さぁね。気まぐれじゃない?」 メイシーは面倒そうに言ったが、トレッカは目を光らせた。 「一応、気をつけて見てておくれ」 「はいはい。トレッカは神経質なんだから」 チンとオーブンの音が屋内から鳴り響く。 サナとメイシーは焼き立てのパンを持ってセーラを一緒に取り囲みに行った。 ———— コーシは予定よりかなり早めに切り上げて帰ってきた。 とりあえずセーラだけをピックアップしたいところだったが、予想通り真っ先に待ち構えていたのはメイシー軍団だった。 「あーら、コーシじゃないのぉ。お久しぶりね」 「やぁっと帰ってきた。セーラちゃん、見たわよぉ」 「あんた意外とやるじゃないの。見直したわよ」 コーシは隠しもせず嫌な顔をした。 「お前ら休暇で帰ってきたんだろ?家に帰れよ家に」 「なによ、サナ以外用はないって言いたいわけ?」 「用はねぇよ!!」 どきっぱり切り捨ててもお姉様方はびくともしない。 昔からこうやって構ってくるものだから、コーシにとっては厄介極まりない集団だ。 振り切りたくても振り切れないでいると、セーラを連れたサナが階段を降りてきた。 「コーシ、お帰りなさい」 「コーシ!!」 セーラは残りの階段を駆け降りるとコーシの元へ飛び込んだ。 「お帰り、お帰りなさい!!」 「ああ…」 受け止めるものの、周りの視線が強烈に痛い。 メイシー達はにやにやしながらコーシ越しにセーラの頭を撫でた。 「じゃあね、セーラ。また明日」 「セーラちゃん、明日は私と二人で散歩しましょうね」 「あぁん、コーシずるい!私がセーラちゃん連れて帰りたいわぁ!」 コーシは耐え切れずにセーラを皆から引き離した。 「帰るぞ!!」 「うん!!」 サナは笑いながらコーシの隣に並んだ。 「そこまで送るわ。コーシ、久しぶりね。今日はセーラと沢山おしゃべりをしていたのよ」 「サナ…」 コーシは複雑そうにするとセーラを下ろした。 「元気そうで良かったわ。こっちにもたまには顔出しに来てね」 「冗談だろ。あの詐欺ヤローにねちねち嫌がらせされるってのに行けるかっ」 「アオイもいつでも呼んでいいって言ってたよ」 「嘘だ。罠だ罠。サナと喋ってるだけで蛇みたいな目で睨んでくるくせにっ」 どうやらサナの旦那とコーシの仲が良くないのは本当のようだ。 それにしてもサナと話しているコーシは何だか子どもみたいに心許した顔をしている。 その顔をじっと見上げていると、気付いたコーシがポンとセーラの背中を押した。 「行くぞ」 「うん…」 行き場を探したセーラの手を、コーシが掴む。 自然に手を繋いだ二人を見て、サナだけでなくメイシー達もそっと笑みを浮かべた。 出口の扉まで見送ると、サナは二人の背中が小さくなるまで手を振った。 「やっぱり、うまくいって欲しいなぁ」 愛情深い眼差しでこぼすと、小さく祈りを捧げた。
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