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翌朝はさすがに気まずい空気だった。
コーシは一言も話そうとせず、セーラも元気がない。
重い沈黙のままレイビーに降りると、いつものようにトレッカが出迎えた。
「おはよう二人とも。なんだい?元気ないね」
「トレッカ、今日は商業区まで足を伸ばしたいんだ。セーラを…三日ほど頼む」
驚いたのはトレッカよりセーラだ。
そんな話、聞いていない。
トレッカは手にした藁を束ねあげると首を傾げた。
「あたしは別に構わないけど…」
「じゃあ、頼むわ」
コーシはセーラと目も合わさずに背を向けると、さっさと去ってしまった。
「一体どうしたんだい?何かあったのかい?」
心配して聞いたが、セーラは無理に笑顔を作った。
「ううん、なんでもないよ。今日は何を手伝えばいいか、みんなの所へ行って聞いてくるね」
「あ、セーラ…!!」
呼んでも振り返りもせず行ってしまう。
トレッカは異変を感じ、すぐに子どもが集まる小さな教会へ向かった。
「サナ!サナは来てるかい?」
「トレッカ、どうしたの?」
「サナ、そっちの手伝いはいいからちょっと来ておくれ」
サナは惜しむ子ども達を笑顔でなだめると外へ出てきた。
「何かあったの?」
「悪いね。実はセーラの様子がおかしくてさ」
「セーラが?」
「ああ。コーシもいつも以上に態度悪かったし、なんかあったみたいなんだよ。しかもセーラを残して三日も出るって言い残して行っちまってさ」
「三日…」
サナは少し考えてから顔を上げた。
「私、今から一度街へ帰るわ」
「今から?」
「本当ならメイシー達と明日帰るつもりだったんだけど、私だけ休みを少し伸ばしてもらってくる。午後には戻るわ」
トレッカは笑顔になった。
「コーシが帰ってくるまで、そばにいてやってくれるのかい?」
「ええ。どうせならセーラと二人でお出かけしようかしら」
「いいじゃないか。頼んだよ。特に夜は一緒に過ごしてやっておくれ」
「分かったわ」
サナは簡単な荷物をまとめるとすぐにレイビーを出発した。
セーラは一生懸命仕事に取り組んでいた。
上辺は笑顔を振りまいているが、やはりどこか心ここに在らずだ。
正午を過ぎ、昼食を終えた者から午後の仕事へと散って行く。
セーラも誘われるがままに外へ出ようとしたが、そこにサナが帰ってきた。
「セーラ」
「あ…」
セーラはサナを見た途端に駆け出すと、懐に飛び込んだ。
「サナ!!」
「トレッカに言われて迎えにきたの」
「トレッカに?」
「そう。コーシがいない間は私がずっとそばにいるわ」
「ほんと!?」
「ええ」
セーラは笑顔になったが、それはすぐに泣きそうな顔へと変わった。
随分我慢をしていると感じたサナは、その足で連れ出す事にした。
トレッカに声をかけてから村の出口へと向かう。
だが村を出た所でセーラの足が止まった。
「どうしたの?」
「サナ…。私、行けないよ。もしかしてコーシが途中で帰ってくるかもしれない」
「大丈夫。商業区へ行ったのなら、すぐには戻れないはずよ」
「でも…」
サナは両手でセーラの頬を包み込みにっこりと笑った。
「少し離れることも、時には大切なのよ」
「え?」
「きっとあなたもコーシも、近くにいすぎなの。離れて気付くこともあるはずよ」
セーラは困惑したが、サナは手を繋ぐと軽やかに歩き出した。
「とにかく行きましょ。ウォンカイはそこまで遠くないし」
「ウォンカイ…?」
「このままレイビーを南東に出ると、西区へ入るの。ウォンカイは西区の集落でね、コーシが小さい頃お気に入りだった場所でもあるのよ」
まだ迷うセーラを連れて、中央区まで続く古い巡回バスへと乗り込む。
中にいた客は乗り込んできた美女二人に口笛を吹き、男が一人すぐに絡んできた。
「よぅ、あんたらみたいなのがこんなスラムでうろうろしてちゃ危ないぜ。俺がボディガードでもしてやろうか」
周りからも囃し立てる声が相次ぐ。
セーラは身を縮めたが、サナはむしろ優しい笑顔を振りまいた。
「ごめんなさい。ボディガードはもういるの」
「んん?まさかこのお嬢ちゃんのことかい?」
「まさか。この子は大切なお友達よ」
邪険にする事もなく受け答えしていると、客の一人が真っ青な顔で男を止めに入った。
「お、おいやめろっ。こいつ、サキの連れだぞ!!」
にやにやしていた周りが揃ってぎょっとする。
絡んでいた男は引き下がれなかったのか、まだ強気でサナを指さした。
「だから何だってんだ。サキの女くらい星の数ほどいるだろうに」
「馬鹿野郎!!いいから離れろ!!前もこの女に絡んだ奴が血祭りに上げられたのを俺はこの目で見たんだぞ!!」
「うっ…」
騒いでいるうちにバスはウォンカイへ到着する。
サナは不穏な空気を放っておくと、セーラの手を引きバスを降りた。
「行きましょう」
「う、うん…」
よほど恐かったのか、セーラはまだ身を縮めながら後ろを振り返っている。
「大丈夫よ。私のそばにいれば何も起こらないわ。あと、誤解のないように言っておくけど、さっきの話は半分はデタラメ。流石にサキもそこまで短気なことはしないわ」
「ちがうの?」
「そう。確かにあの時サキもそばにいたけど、やったのは…困ったことに私の旦那さんなの」
「え…」
「正確にはその人に雇われたボディガードよ。今もたぶん、どこか見えない所から私を見張ってるはずだわ」
「えっ」
セーラは辺りを見回した。
レイビーよりゴツゴツとした岩が多く荒れた地だけが広がり、人の姿はどこにもない。
「誰もいないよ?」
「探してもきっと分からないわ。気にしないでいきましょ」
かなり気にはなるが、サナが明るく笑うので不安は薄らいだ。
二人は手を繋ぎ、集落が見えるまでのんびりと歩き出した。
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