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この小さな廃屋の庭には、地下から引いた水が出るポンプがある。
しばらく手動でポンプを動かしていると透明な水が流れ始めた。
青年はシャツを脱ぎ捨て、先に真水を自分にぶっかけてから寝かせていた少女を膝に乗せた。
「口には…入ってないな。ゴミがぶつかった衝撃で気を失っただけか」
それなら充分助かる可能性はある。
ギトギトに汚れたワンピースを剥ぎ取ると、少女の体を丹念に洗い流した。
だが油の混じった汚れは水だけではなかなか落ちず、やたらと時間がかかる。
根気よく長い髪まで洗い終える頃にはすっかり体が冷え切ってしまった。
「よし…、もうこれで充分だろ」
水を止め、少女に上着をかけてから地面に下ろす。
脱ぎ捨てたシャツを洗い硬く絞ってから着直したが、付着して離れない悪臭はとんでもなく不快だった。
一刻も早く帰って全てを捨ててしまいたかったが、ここはまだ猛毒の地上。
意識のない少女を置いて行くわけにはいかない。
「おい…。おい、起きろよ。お前はどこから来たんだよ」
呼びかけても目を覚ます気配はない。
肩を揺すろうと手を伸ばしたが、この時今まで気にしていなかった少女の容貌が急に目に入った。
青年と大差ない年頃の体は、柔らかい曲線美を描いている。
まだ汚れは残っているものの肌は赤子のようにきめ細やかで美しく、腰まで流れる長い髪は柔らかな薄水色だ。
加えて瞳を閉じていても際立つ愛らしい顔立ちは吸い寄せられる程瑞々しい。
それは誰が見ても口を揃えて絶賛するであろう、淡雪のような美少女だった。
緊急事態であったとはいえ、ほぼ丸裸にしてしまった事に変に気まずくなっていると、地面に流れた泥水に体を擦り付けていた犬がこっちを見ながら吠えてきた。
「なんだよ。大体お前のせいだろうが、このクソ犬っ。もう海なんかに近付くんじゃねぇぞ」
青年は犬を追払ってから少女に上着を着せ、背に負った。
「…とりあえず、シェルターへ帰るか」
その後どうすべきかと考えていたが、そうこうしているうちに酷い眠気が襲ってきた。
そういえばこの三日程ろくに寝ていないのだった。
「まぁ、後のことは後で考えりゃいいか」
青年は朦朧とする意識を押しやり、慣れた道をふらふらと戻った。
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