茜色の塔で

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ウォンカイに入ると、白髪混じり男が陽気に声をかけてきた。 「サナじゃないか。こっちまで足を伸ばすのは久々じゃないか?」 「こんにちは、ビーハン。リサイクル工場を見に行きたいの。構わないかしら」 「勿論さ。そちらのお嬢さんは?」 「コーシの大事な人よ」 「ほぅ…。じゃあ、あれを見せに?」 「そうなの」 ビーハンは豪快に笑うと案内を申し出てくれた。 山肌に沿って作られたリサイクル工場に近付くと、沢山の荷を積んだ馬車と何度もすれ違った。 ビーハンはその騒音に負けない声で、コーシの昔話を色々聞かせてくれた。 「それでよ、まぁチビのくせに手のかかることかかること。片っ端から何でも解体していきやがる。壊すんじゃないぜ?解体だ。俺の自転車なんかバラバラだったぜ。俺らの言うことちっとも聞かねーくせに、サキとカヲル、それからそこのサナだけはあの小さな悪魔を大人しくさせちまうんだ」 出てくるのはやんちゃな話ばかり。 だが話すビーハンはとても楽しそうで、何だかんだ言いながら可愛がっていたのが伺える。 今のコーシしか知らないセーラは、不思議な思いでそれを聞いていた。 「ま、今から見せるのはそんな悪タレの集大成みたいなもんだ。電動パワーレンチと超小型溶接機を手に入れたあの小僧が最初に作っちまったのがこれさ」 辿り着いたのはだだっ広いガラクタの保管庫だった。 扉を開き、中に入ると天井まで届く巨大な怪物が鎮座していた。 いや、よく見ればそれは幾つもの車やバイクが解体され、奇妙にくっつけられたとんでもないガラクタお化けだった。 セーラは呆気に取られて天井まで見上げた。 「これを、コーシが作ったの?」 「そうさ。傑作だろ?信じられないことにその時あいつまだ七つだったんだぜ。勝手にクレーンまで動かして、当時は大騒ぎだったんだ。ま、今となっちゃ伝説のひとつとしてこのまま残されてるけどな」 懐かしそうに目を細めながらガラクタを撫でる。 「あの頃からあいつ、エンジニアになるっつってたな。今はどうしてんだろうな」 セーラの瞳には、ずっと小さなコーシが映っていた。 それがただ愛しくて、今すぐ会いたくて堪らない思いと、そう出来ない現実に揺れながら時間だけが過ぎてゆく。 この日はビーハンの好意で自宅に泊めてもらい、二日目は集落の外側を散歩しに行くことになった。 「セーラ、こっちよ」 サナはサンドイッチと水の入ったボトルを入れたバスケットを手に、小高い丘を登った。 そこは集落を一望できるちょっとしたピクニックスポットだ。 周りに誰もいない事を確認してからシートを敷くと、二人はそこに腰掛けランチを楽しむ事にした。 「結構歩いたわね」 「うん。でもここ、気持ちいいね」 「お腹すいたでしょ。すぐ用意するね」 冷たい水を分け合い、サンドイッチを取り出す。 二人はのんびり食べると肩を寄せ景色を眺めた。 「明日、コーシ帰ってくるね」 「…うん」 「お土産話たくさんしなきゃね。ウォンカイの話なら、コーシもきっと喜ぶよ」 「…。うん…」 セーラの返事には元気がない。 サナは充分に待ってからそっと聞いた。 「コーシと、何かあったの?」 「…」 セーラは膝を抱えると肩を震わせた。 「サナ…。コーシは、もう…、帰ってこないかもしれない…」 「え?」 「私…、コーシに置いていかれちゃった…」 言葉にした途端、セーラの心が決壊した。 大粒の涙が止まる事を知らずに溢れ落ちる。 手を離されても、置いていかれても、それがコーシの望む事なら仕方がない。 分かっている。 受け入れている。 自分はそういうモノだから。 それなのに…。 「うぅ…、どうしよう、サナ。私、コーシとずっと離れたくない。そんなこと思うなんて、いけないのに…。ずっと、む、胸が痛くて…、悲しくて…」 知れば知るほど、愛しい。 離れれば離れるほど、恋しい。 この想いが、自分の中にどんどん矛盾を生んでゆく。 サナはセーラの肩を抱き寄せた。 「コーシが、置いていくと言ったの?」 「う…ううん。違う…。でも、コーシは私がいらないから…、だから…」 「どうしてそう思うの?」 「だ、だって…、私は…あのままコーシのものになっても、よかったのに…。コーシは、やめるって…」 しゃくりあげながら落とされた言葉にサナは目を見張った。 つまり、とてもいい雰囲気だったのに、何らかの理由でコーシが放棄したということだろう。 これは確かに由々しき事態だ。 だがサナはコーシが意外に律儀な事を知っている。 いくら何でも黙って置いて行くことはないはずだ。 「…確かに、コーシが何を考えているのかは分からない。でも、ひとつだけ今はっきり分かったわ」 サナはセーラの背中を撫でると、心を込めて言った。 「セーラは、コーシに愛されたいのね」 その一言は、セーラを大いに打ちのめした。 まるで最大の禁忌に触れたかのように身体中が痺れて動けない。 それなのに困ったことに、ずっと彷徨っていた心がすとんと落ち着いてしまった。 セーラは葛藤に苦しむとますます泣き出した。 「う…うぅ、どうしよう、サナ…。こんな、こんな事って…。駄目なのに…だって、私…、私は…、そんな資格なんてないのに…」 「資格…?」 サナは眉を寄せた。 やはりこの二人の間には自分には分からない事情があるのだろう。 それでも泣きじゃくるセーラを見ていると、我慢できずに言った。 「もしコーシが好きだと…愛してると言ったら、それでも駄目なのかしら」 「駄目…。うぅ、もっと、駄目…」 「前に言っていた、コーシを傷つけるからと言う理由で?」 何度も頷くセーラをそっと抱きしめる。 「可哀想に…。苦しいのね」 そこまで分かるのに、これ以上どうしてやることも出来ない。 サナはもどかしい思いで頭を撫でた。 「セーラ。もし本当にもうどうしようもなくて、何もかも駄目で辛くて仕方がなかったら、私のところへ来ない?」 「え…」 「あなたを放っておけないわ。どうかここにも居場所がある事を、覚えておいて欲しいの」 セーラは涙でくしゃくしゃになった顔でサナにしがみついた。 その日の夜。 セーラは眠るサナの手を握りながらぼんやりと天井を見ていた。 「コーシ…」 会いたい。 会いたい会いたい。 多くは望まないから。 ただ、最後の時まで… 「そばにいて…」 言葉にした途端に襲う罪悪感。 セーラは芽生えてしまった感情に怯えながら小さく体を丸めた。
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