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合流
M-Aは苛つきながら最後の煙草を灰皿に押し付けた。
手には慣れないデータの山を乗せ、一心不乱に目を通している。
「あかん…胸糞悪くなってきた」
頭をがりがりかくとデータを全て消去した。
「なんだよ。こんな所で珍しいことしてると思いきやもう終わりか?」
「サキ!!」
集中してたとはいえ、全く気付かなかった己に猛烈な舌打ちがもれる。
「アホかおどれは!!気配殺して後ろに立つなや!!殺してまうやないか!!いつ戻って来たんや!?」
サキは両手を広げると楽し気に笑った。
「悪りぃな。わざとじゃないぜ?で、何をそんなに熱心に調べてたんだ。レイビーには行かなかったのか?」
M-Aは不機嫌なままサキの取り出した煙草を奪いとると火をつけた。
「セーラはコーシに任してる。あっちにはトレッカもいるし大丈夫やろ」
「セーラ?」
「…例のヒューマロイドのお嬢ちゃんや」
サキは目を見張ると意味深にM-Aを見た。
「M-A、今何調べてた?」
改めて聞き直すサキに、M-Aは言葉を詰まらせた。
誤魔化そうとしてもサキの勘は異常に鋭い。
今一瞬息を飲んだだけで大体のことは察知されただろう。
「…セーラの、頭の機械の外し方や」
サキは大げさに肩をすくめた。
「おいおいおいおい。どーしちまったんだよ、M-A。らしくねーな。ヒューマロイドに個人的に深入りしてどうするんだよ」
M-Aはブスくれて机に頬杖をついた。
「分かっとる。でもあのお嬢ちゃんを見たらお前かて気が変わるはずや。セーラは…いい子なんや。しかも俺から見ても文句なしに可愛らしい子や。コーシもそろそろ落ちとるんとちゃうか」
サキは目を丸くした。
「まじかっ。そんなことになったらややこしいじゃねーかっ」
「どういうことや?」
怪訝そうに伺うM-Aをちらりと見やると、サキは唸りながら腕を組んだ。
「商業区でどうやらスラムの情報を事細かに集めてる奴がいるらしくてさ。つい最近ララージュに炙り出させたところだ」
「あのとんでもない沈黙の封鎖やろ。こっちも余波でだいぶ荒れとるぞ。お陰でここから離れられんくなったやないか」
「まぁ、その辺は上手く宥めといてくれよ」
「で、尻尾は掴んだんかい」
「それが殆どがトカゲの尻尾さ。雇い主の事などこれっぽちも知りやがらねぇ。だがやり口には一貫性を感じた」
目を閉じると、駆けずり回って集めた様々な情報が電光の様に頭の中を駆け抜けて行く。
サキの勘の精度を高めるのは、膨大な情報から組み立てられた真っ当な理論だ。
「スラムに手を出してんのは、自分の手は汚さない保身タイプの頭でっかちの根性ワルだろうよ。一応商業区に出入りする権力者も洗わせたが、全員シロだ。このまま地道に他も調べればそのうち当たりを引くだろうが…」
「そんな事しとったら時間ばっかり食うやろが」
「その通りだ。だから的を絞ることにした」
「…フラッガやな」
サキはにやりと笑った。
「今日も冴えてるじゃねぇか」
「アホか。今の流れで何で分からんねん。せやけど向こうかって今警戒しとるやろ。どうやって釣り出すつもり…」
M-Aは意図に気付くと渋い顔で煙を吐いた。
「セーラか…」
「そういう事。あいつが探し回ってるはずのヒューマロイドを餌に誘き出す。…つもりだったんだけどなぁ」
サキは煙草を咥えるとため息をこぼした。
「ま、もしかしたらスラムに手出そうとしてんのは別の奴かもしんねぇし、先に外堀を固めていくか」
「レイビーには行くんか」
「当然だろ。とりあえずそのヒューマロイドが今どうしてんのかこの目で確かめねぇとな」
「…」
サキは情に厚い。
だが同時に、目的の為に躊躇わず己の手を血で染める冷酷さも持ち合わせている。
セーラに会ってどう判断するのかは正直五分五分だ。
M-Aが唸っていると、サキは壁にもたれながら煙草をふかした。
「スラムは今一番大事な時期だ。俺はこの十年で街の底力を上げてきた。そろそろ正式な一つの街として機能させるって時に、横から掻っ攫われるのだけはごめんだ」
「当たり前や。俺とカヲルかてどんだけ苦労してここまで来たと思っとんねん」
「じゃあ、口出しはするなよ?」
「…」
「俺は俺の判断に従う。ヒューマロイド一人とスラム街、最終的に守るのは後者だ」
サキの瞳が強い意志に光る。
張り詰めた空気感が漂ったが、M-Aは立ち上がるとにやりと笑った。
「一人、か。へへっ。一つと言わん所がお前らしいわ」
サキが唇を尖らせて言い返そうとした時、入り口から男が騒ぎながら入ってきた。
「M-Aさん!!す、すみません!カナンが逃げ出しました!」
「なんやて?」
「知らぬ間にも抜けの空で…!!見た者によるとどうやら西区へ逃げて行ったようです!!」
「アホか!!女一人くらいしっかり見張っとれ!!」
M-Aに大喝されて男は縮み上がった。
「カナン?誰だっけ?」
「あぁ、大した女やない。お前に近付こうとしてコーシにちょっかいかけとった女や。南区から流れてきたよそもんで…」
自分の言葉に引っ掛かりを感じる。
「ちょお待てや。西区へ逃げた?なんで西区なんや」
じわりと嫌な予感が胸をよぎる。
西区の向こうにあるのは、レイビーだ。
もし、カナンが何らかの形でフラッガと繋がっていたとしたら…?
「…カヲルは?カナンから何か出てきたんやったら、カヲルから連絡入っとるはずや」
「いえ、特に何も」
「…。分かった、下がれ」
「は、はい」
M-Aが真剣に考え込んでいると、サキが小首を傾げた。
「そんなにやばい女なのか?」
「カナンやなくてその後ろの繋がりや。どうも不透明やな…。サキ、レイビーへ着いたらセーラの周りに気をつけたれ」
サキは心底驚いた。
「なんだよ、そんなに可愛いのか?そのヒューマロイド」
「セーラ、や。あれはそんなに…可哀想な存在や。せめて生きてる間は好きにさしたりたいやろ」
「…分かった。まぁ、こっちは任せろ。お前は引き続きこの辺の荒れに対応しててくれ」
M-Aは不満気だったが、腹心の友に全てを委ねると右手だけを軽く上げた。
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