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目が覚めると、コーシの腕が見えた。
体を起こそうとすると伸びていたその腕に抱き止められる。
セーラはもう一度目を閉じると温かな体温にくるまれた。
三回登った朝日が、もうあれから三日も経ったと教えている。
そろそろちゃんと起きてレイビーに降りなければ皆を心配させてしまうかもしれない。
でも。
この腕の中は幸せで。
ただただ幸せで、何も考えられなくなってしまう。
身体中に伝わる体温が愛おしくてすり寄ると、つっと背中を撫でられた。
「ひゃっ…」
くすぐったくて身を捩ると、少し苦しいくらい腕に力を込められた。
「こ、コーシ」
「…なんだよ」
「起きたの?苦しいよぉ」
コーシは腕を緩めるとセーラの額にキスをした。
「…おやすみ」
「ちがうよ。朝ですよ」
揺すってみても今度は反応がない。
相変わらずコーシは朝に弱い。
セーラは先に起き上がると、ベッドから降りた。
床に落ちたままのタオルを拾い体に巻くと階段を登る。
熱いシャワーを浴びながらこの三日を思い返していると、ぼっと顔が赤くなった。
「う…、うわぁ…わぁ…」
肌に残る赤い痣も、身体に残る痛みも、耳元に残る掠れた声も、全てがコーシの跡だ。
思いっきり刻まれたのに、それがまた例えようもなく愛しいのだから、おかしくなってしまったのかと本気で疑う。
セーラは腑抜けた足を踏ん張り、泡で体を洗い流した。
着替えを済ませて階段を降りると、コーシはベッドの上で気怠そうにボトルの水を飲んでいた。
その目はまだ殆ど開いていない。
「おはよう、コー…」
手を伸ばすと、反対に手首を掴まれる。
セーラはベッドに仰向けにひっくり返された。
大きな猫にのしかかられたように両手は押さえつけられ、喉元に食らいつかれる。
コーシは白い肌に赤い跡をもう一つ増やすと、今度は優しく舐めるようなキスをした。
セーラはびっくりしていたが、目を閉じるとそれに応えた。
朝にしては長いキスを終わらせると、コーシはやっと言葉を喋った。
「…勝手に、どっか行くなよ」
「起きなかったのはコーシだよ」
額を合わせると最後に触れるだけのキスをする。
コーシは渋々起きるとシャワーを浴びに行った。
「今日はサキを探しに行ってくる。夜までには帰るから、トレッカの所で待っててくれるか」
目が覚めれば動きは早い。
さっさと身支度を整え、もう出る準備を終わらせている。
セーラのほうが離れたくなくて暗い顔になった。
「そんな顔すんなよ。なるべく早く帰るから」
「うん…」
コーシの手を取るとそこに頬を当てる。
「なんだか変なの。コーシと離れるのが、前よりずっと嫌だなって…」
コーシはうっかりサキ探しを延期にしてしまいそうな自分を叱咤すると、ぐらりと揺れた理性を立て直した。
「…行くぞ」
「うん」
指を絡ませ手を繋ぐ。
そこにいるのは今までとは全く違う二人だった。
レイビーまで降りると、セーラを見つけた青年達が早速何人か集まって来た。
「セーラちゃん、おはよう!」
「ここ数日どこに行ってたんだ?」
「あれ?なんか二人ちょっと雰囲気変わりました?」
「セーラ、今日は俺と果物狩りしようぜ」
セーラは笑顔で挨拶を返していたが、コーシはムッと眉を寄せるとセーラを引き寄せ皆の目の前でキスをした。
「こっ…コーシ!?」
焦ったのはセーラだ。
真っ赤になって狼狽したが、コーシはこれ見よがしに抱え込むと男たちを鋭く見据えた。
「指一本触るなよ」
セーラの手を引きさっさとトレッカの元へと向かう。
残された男たちはお互いの顔を見合わせると揃って息を吐いた。
「ありゃ、ダメだわ…」
「セーラちゃん…可愛かったのになぁ!」
「コーシさん本気っすね」
「こ、怖かった…」
一通り嘆くとがっくりと肩を落としまくる。
遠巻きながら一連のやりとりを見ていたトレッカは、コーシが来るとにやにやして言った。
「おはよう。ふふ、あんた、分かりやすくていいね」
コーシは物ともせずに鼻をならした。
「セーラを頼む。絶対他の男に近づけないでくれ。匂いが移る」
「はいはい」
コーシはまだ目を白黒させているセーラのこめかみに口付けると、さっさと行ってしまった。
「セーラ、大丈夫かい?あのこ昔から獣みたいだからね。噛みつかれただろ」
「う、うん…」
「あの気性の激しさで逆によく今まで手を出さなかったもんだ。…さて、今日はあまり体を使わない座り仕事にしておこうね」
セーラは首まで真っ赤になるともじもじとうつむいた。
この噂は瞬く間に広がった。
少女達は大はしゃぎで祝福すると、どうやって上手くいったのか詳細をねだった。
勿論、セーラは真っ赤になるだけでとても答えることなど出来ない。
周りの変化に困惑はしたが、それでもセーラはとても幸せだった。
そしていつの間にかこのレイビーが大好きになっていた事に気が付いた。
昼はトレッカの元で働き、夜は熱に翻弄されるままにコーシと過ごす。
幸せな数日は刻一刻と過ぎた。
だが、そんな中で事件は起こった。
沢山の仕事にもすっかり慣れたセーラは、一人で移動することが増えていた。
外の水やりを終え、子どもの相手をし、次は台所仕事へ移ろうとした時、少女の一人が慌てて駆けてきた。
「セーラ!セーラ、大変よ!」
「リーアン?どうしたの?」
リーアンはセーラの肩を掴んだ。
「いい?落ち着いて聞いてちょうだい。コーシがね、西区で落盤事故に巻き込まれたの…」
「え…」
セーラは理解できずに固まった。
「だから、コーシが怪我をしたの!トレッカには私が言っておくわ!セーラは今すぐレイビーを出て、行ってあげて!」
「コーシ…が?」
「そうよ!急いで!」
「う、うん…」
背中を押され、真っ青になりながらもレイビーの出口を目指して走りだす。
すれ違った少女がそんなセーラに首を傾げた。
「リーアン、セーラはどうしたの?」
リーアンは目を逸らした。
「…知らないわ。忘れ物でも取りに帰ったんじゃないの?」
「ふぅん」
「そろそろ玄関掃除に行かなきゃ。ロア、行きましょ」
「そうね」
ロアは頷くとセーラに背を向けて歩き出した。
セーラは泣きそうになりながら走っていた。
頭の中はまだ大混乱している。
「うそ…、うそだよね。コーシ…」
懸命にサナと乗ったバス停を目指していると、突然後ろから腕を掴まれた。
「きゃっ」
「やっと捕まえたわ」
驚いて振り返ると、見知らぬ女が腕を掴んでいた。
「あんたに恨みはないけどさ。ちょっと付き合ってもらうよ。″セーラ″ちゃん」
もがこうとしたが後ろから別の誰かに布で口を塞がれる。
「ん…」
頭が強烈に痺れ、次第に意識が遠くなる。
体から力が抜けると誰かに抱え上げられた。
「急ぐよ、ルナ。見られたら厄介だ」
「ええ」
聞こえたのはそこまでだ。
セーラは最後にコーシの名を心で呼び暗闇に堕ちた。
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