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相も変わらず地上の太陽はギラギラと熱い。
それでもコーシは本日も絶好調でバイクを転がしていた。
地上を走る上で気をつけるべきは地形と放射線量くらいだが、ふと遠くの方で砂煙が上がっているのに気がついた。
あれは自然ではなく間違いなく人工的なものだ。
「ちっ。誰だよわざわざ地上を移動する物好きな奴は」
自分を棚上げで舌打ちをするとバイクを止める。
だが身を隠そうにも、ここはゴーグルに映し出される汚染濃度の数値が異様に高い。
相手が通り過ぎるまでじっと待つにはやや体に悪そうだ。
「まずいな」
仕方なくバイクを押しながら少しずつ移動する。
真っ直ぐこっちへ向かってくる砂煙が近付くと、岩陰にバイクを隠しどんな奴が通るのか見極めようと瓦礫の影へ滑り込んだ。
エンジン音からしてどうやら相手もかなりの大型バイクで移動している様だ。
だがそれは通り過ぎるかと思いきや、コーシのすぐ近くで急に速度を落とし止まった。
コーシはぎくりとした。
こっちはかなり遠目からエンジンを切り隠れていたはずだ。
それなのにここまで正確に気配を辿られ横付けされるとは予想外だ。
地上を駆ける時点で只者ではないが、相手は間違いなく相当の実力者だろう。
じっと冷や汗に耐えていると、間近から大音量で怒声が響き渡った。
「どこのどいつか知らんが出てきやがれ!!ここは高濃度汚染地帯だ!!隠れていても身がもたねーぜ!!」
コーシは馴染みのありすぎる声にこけそうになった。
「さ、サキ!?」
思わず飛び出すとコーシの頬を銃弾が掠めた。
「ありゃ、コー!?」
「ありゃじゃねーよ!!殺す気か!!」
コーシは怒り心頭でサキに詰め寄ると胸倉を掴んだ。
「やっと…やっと見つけたぞ!!この野郎!!」
サキはびくともせずコーシを見下ろした。
「こんな所で一人で何してんだよ。ウワサのセーラちゃんは?」
「お前を探してたんだろーが!!一体今までどこほっつき歩いてやがった!?」
サキはコーシの手をどけると周りを見渡して顔をしかめた。
「何にしても早くレイビーへ行こう。こんな所で立ち話してたら男二人放射線漬けのできあがりだ」
「…ああ」
サキは銃を懐に直しながらふと顔を上げた。
「そういえばレイビーで何か変わったことはないか?」
「レイビーで?…いや、特には」
「なんだ、やっぱりM-Aの杞憂じゃねーか」
「なんの話だよ」
バイクに跨りながらエンジンをふかす。
「いや、カナンって奴が西区へ逃げたらしくてさ」
「カナンが…?」
「おう、もしかしたらセーラに危害を加えにレイビーに行ったんじゃないかってM-Aが…」
コーシは最後まで聞いてなかった。
顔色を変えるとすぐにハンドルを切り、サキを置き去りにして走り出した。
「ちょ…コー!?」
慌ててサキもコーシの後を追った。
「…なるほど。こりゃどっぷり落ちてそうだ」
サキは苦笑するとコーシよりも一回りは大きい暴れ馬のエンジンを全開にした。
————
レイビーは蜂の巣をつついたような騒ぎになっていた。
「本当に誰も気付かなかったのかい!?セーラを最後に見た者は!?」
トレッカに問い詰められると少女達も取り乱した。
「私が最後に一緒にいたのは水撒きの時だったわ!」
「私は今日はずっと家の掃除だったもの。分からないわ!」
「セーラ…どこに行っちゃったの!?」
ロアは真っ青になるとがたがたと震えながら言った。
「あ、あの…、もしかしたら私が見たのが最後なのかもしれないわ」
「何だって?」
「セーラの様子も何だかおかしかったの。随分固い顔で慌てて走ってて…」
ロアはリーアンに気付くとすがるように腕を掴んだ。
「ねぇ、リーアン!!あなたも見たわよね!?」
リーアンは手を振り払うとそっぽを向いた。
「さぁ…、気付かなかったわ」
「そんな…!!」
揉めていると別の少女がおずおずと前に出た。
「トレッカ…、あの、関係あるのかは分からないけれど…」
「なんだい、イリン」
「あの…、私、今朝セプラを見かけたの」
「セプラだって?だってあの子はもう市街へ帰ったはずじゃ…」
トレッカはハッとしてリーアンを振り返った。
確かリーアンはセプラとルナに可愛がられている時期があったはずだ。
「サナの護衛が言ってた女二人ってまさか…」
嫌な予感に背筋が寒くなる。
トレッカは平静を取り繕うと皆を解散させ、リーアンだけを残した。
リーアンは傍目にも顔色が悪く握りしめた手が細かく震えていた。
トレッカは声をひそめると単刀直入に切り出した。
「リーアン。セーラはどこだい?」
「…なんのことですか」
「セーラはコーシから預かった大事な客なんだ。事が大きくなる前に正直にお言い!」
リーアンはきっと睨みあげると吐き捨てるように言った。
「大事な客!?どうして、どうしてトレッカはそんなにコーシを贔屓するの!?トレッカは知らないのよ!!あいつはね、中央区では極悪非道で有名なのよ!?」
「中央区で…?」
「現にセプラの友だちがあいつに酷い目に遭わされているわ!!私…私、あいつを許せない!!」
「ちょ、ちょっとお待ちよ。あんたそれは誰から聞いたんだい?」
「セプラから直接聞いたわ。サキの名を騙ってやりたい放題してるって!!それなのに、自分だけこんな所でのうのうとしやがって!!」
トレッカは興奮するリーアンの肩を掴んだ。
「それで、セーラは?」
「知らないわ。あの子がどうなってもかまうもんですか。ちょっとくらい酷い目に遭えば、あいつも自分が今まで何をしてきたか思い知るでしょうよ」
「リーアン!!」
リーアンの左頬がばしりと音を立てた。
真っ赤な顔で手を上げたトレッカは、わなわなと震えた。
「あんた、自分が何を言ってるか分かってんのかい!?」
「うっ…」
「いいかい。噂や人の話だけで動くなんて、ましてや復讐に手を貸そうだなんて、以ての外だよ!!色々吹き込まれたあんたの怒りが間違ってるとは言わない。でも…、それならどうして直接コーシに言わなかったんだい!!セーラは全く関係ないじゃないか!!」
「い、一番効く手段を選んだだけよ」
トレッカはリーアンを離すとため息をこぼし、恐ろしいほど真剣な顔で言った。
「セーラはコーシの連れだ。分かるかい?あの、コーシの連れなんだよ。何かあったらサキが出てくるに決まってるだろ」
「さ、サキが…」
初めてその可能性に気付いたのだろう。
リーアンは一瞬で顔色を失った。
「セーラに何かあったら、世にも恐ろしい報復を受けるのはセプラ達だ」
「あ…」
「だから、そうなる前にあたしがセーラを迎えに行く。セーラはどこにいるんだい?」
リーアンが口を開きかけた時、大轟音でバイクが乗り込んできた。
「トレッカ!!なんの騒ぎだこれは!!セーラは!?」
「こ、コーシ…」
この場へ来られてはもうどうしようもない。
トレッカはすぐに腹を決めた。
「すまない。実はセーラが行方不明で…」
説明しようとすると、もう一台のバイクが辿り着いた。
トレッカは蒼白になった。
「サキ!?こ、コーシ、やっと見つけてきたのかい!!」
それにしても最悪なタイミングだ。
久々の再会を喜ぶどころか、冷や汗が流れる。
サキはゴーグルを外すと騒然とする周りを見回した。
「あらら。一足遅かったみたいだな。トレッカ、状況説明頼む」
トレッカは肩を落とした。
「…すまない。うちのセプラと、恐らくルナがセーラを攫ったみたいだ。場所はこのリーアンが知ってる」
リーアンは本物のサキを目の前にしてガタガタと震えている。
コーシは詰め寄ろうとしたが、サキの手がそれを抑えた。
代わりに前に出ると片膝をつく。
「リーアン。詳しい話は後で聞くよ。今はセーラの居場所だけ教えてくれ」
優しい言い方が余計に恐怖心を煽る。
だがここで答えてはセプラ達の命が危うい。
リーアンは完全に追い詰められたが、サキはすぐに逃げ道を用意した。
「セーラが無事なら今回の事はなかったことにして、俺も目をつぶる。だが何かあればそうはいかない。一刻も早くセーラを取り戻すことが、今の最善策だ」
リーアンはぼろぼろと泣き出すと西区に繋がる道を指した。
「にっ西区の…四番廃棄工場に…」
コーシとサキは一つ頷くとすぐに愛車に跨った。
トレッカは風の様に去る二台を見送ると、今にも倒れそうなリーアンを連れて家まで送った。
「なんとか無事に、セーラが帰ってきたらいいんだけど…」
トレッカのひとり言を、リーアンはただ項垂れて聞いているしかできなかった。
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