合流

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酷い頭痛と吐き気の中、セーラは意識を取り戻した。 辺りは薄暗く鉄の匂いが充満している。 「コー…シ…?」 目を覚ますと必ず見えていた大きな手が見当たらない。 頬に当たるのは綿の布ではなく、ざらりと冷たい石の床だ。 なんとか体を起こそうとしたが、両手は後ろで縛られていた。 「あら、起きたの」 頭の上から女の声がする。 「具合はどうかしら、セーラちゃん?」 かろうじて視線を向けるとセプラの姿が暗闇に浮かんだ。 もちろんセーラにはそれが誰かも、状況も分からない。 「コーシ…は?」 「コーシ?あぁ、馬鹿ねぇあんなの本気にしたの?」 セーラは不思議そうに瞬きした。 どうしてそんなことを言われたのか理解できなかったからだ。 セーラのすぐ側で、ルナがしゃがみ込んだ。 「それにしても綺麗な目だねぇ。同じ人間とは思えない。ほんと神様って不公平よね。髪だって、ほら…」 「う…」 長い髪を乱暴に掴み上げられる。 「これだけで高く売れそうじゃない?」 虐げる様な眼差しと攻撃的な言葉。 皆から愛されちやほやとされていたセーラを、この二人は異様に妬んでいた。 「あんたみたいな苦労知らずの女は、見てるだけで虫唾が走るのよね」 「恨むならカナンさんに酷いことをしたコーシを恨むのね」 コーシという名だけに、セーラが反応する。 「コーシは、ケガ…してない?」 「はぁ?知らねーよ、あんな奴」 「事故…は?」 「リーアンいい仕事してんじゃん。完全に嘘信じてるよ、こいつ」 「嘘…」 嘘という事は、コーシは無事なのだろう。 セーラはホッとすると力が抜けた。 「よかっ…た…」 ルナはあからさまにムッとするともう一度セーラの髪を掴み上げた。 「あんた、人の心配してるとか余裕だね」 ナイフを取り出すとセーラに向ける。 セプラは流石に止めた。 「それはやめなよ。勝手に傷物にしたらカナンさんに何か言われるよ」 「分かってるわよ」 ナイフを見ても、セーラは特に反応を見せなかった。 「何すかした顔してんだよ!」 セーラの真横にナイフを突き立てる。 それでも悲鳴ひとつ聞こえず、苛立ったルナはセーラの背中を蹴り上げた。 「うっ…」 「はっ、やっと声上げたじゃない!どこまで我慢出来るか、試してやろうか!」 セーラは体を丸めると何発も降り注ぐ痛みに耐えた。 「ちょっとルナ、やり過ぎ」 「ふんっ、あたしこいつ大嫌いなのよ。早く、泣き叫べ!」 身体中に激痛が走ったが、セーラは全く違うことに思いを馳せていた。 コーシが大怪我をしたと聞いた時は、本当に生きた心地がしなかったのだ。 血の気が引き、指先が凍りついたように冷たくなった。 コーシに息がなければ、迷わずその場で自らの息も断つつもりでいた。 「コー…シ…」 うわ言のような弱々しさだったが、あいにくルナの耳はこれを拾った。 セーラを無理矢理立たせると長いロープで柱へと巻きつける。 「ふふ…、さて。じゃあその愛しいコーシへどんな写真を送りつけてあげようかしら」 ナイフをセーラの襟へ引っ掛けていると、入り口が音を立てて開いた。 「待ちなよ、ルナ。あたし抜きでそれはないんじゃない?」 「カナンさん!」 セプラとルナは顔を輝かせた。 「待ってたわ!本当に無事中央区から逃げ出してきたのね!?言われた通りほら、こいつを捕まえたんだから!」 「これで存分に復讐してやりましょう!」 カナンは冷たく笑うと近付いてきた。 「まぁ、待ってよ。この女はあと一時間したらもう引き渡す約束なの。怪我だけはさせるなって言われてたのに、ルナはしょうがない子ね」 「引き渡す?誰に?」 「それはあんたらには関係ないことよ。それより…」 カナンはまじまじとセーラの顔を覗き込んだ。 「あらあら、まるでお人形さんみたい。ねぇ、コーシはどんな嗜好があるか教えてよ。すてきな姿で撮影してあげるから、きっと彼も喜ぶわ」 セーラの胸元に指を這わすと、前襟を掴み力任せに引きちぎった。 「うーん、インパクトに欠けるかしら」 「カナンさんー、下がって」 ルナが油混じりの汚水が入ったバケツをセーラの頭からぶち撒ける。 三人から歓喜の声が上がった。 「ちょっとルナ!そんなことしたら片付け大変じゃない!」 「いいじゃない!汚れた水が滴るなんて最高にセクシー!」 ルナはケラケラ笑うとバケツを投げ捨てた。 「さぁ、さっさと撮って送りつけちゃいましょ。それとももう少し下の方も切ろうか?」 夢中になっていた三人は、遠くから響く轟音に全く気付いていなかった。 だから突然地鳴りのような凄まじい音を立て、分厚い扉が吹っ飛んだ時に飛び上がった。 「なっ、なに!?」 「バイク!?」 カナン達のそばで勢いよく止まったのは、コーシのバイクだった。 「こっ、コーシ!!」 「どうしてここに!?」 コーシはゴーグルを捨てると柱にくくりつけられているセーラを見つけ、獰猛に吠えた。 「お前ら…何やってんだ!!」 「うっ…」 ルナとセプラは青い顔で固まった。 カナンも一瞬怯んだが、強気に顔を上げると唇の端を釣り上げた。 「あら、コーシ。久しぶりじゃない。急がなくてもちゃんとあんたにも映像プレゼントしようと思ってたのよ」 瞳を怒りに染めたコーシは、ツカツカとカナンに寄ると胸ぐらを掴み上げた。 「ふざけんな!!こいつがお前らに何をしたってんだ!!」 「馬鹿ね、これはあんたへの報復よ!あの時はよくも…よくもこのあたしをあそこまでコケにしてくれたわね!?」 「お前が一度だけ相手すれば二度と俺にもサキにも纏わりつかねーっつったんだろうが!!指だけで気絶して放り出されたからって、逆恨みしてんじゃねぇ!!」 「なっ…」 とんでもない怒声に、セプラもルナも唖然とした。 カナンは真っ赤になると燃える様な目で逆上した。 「こ、殺してやる!」 ルナのナイフを奪い取るとコーシに飛びかかる。 コーシは下からカナンの手を蹴り上げるとナイフを吹き飛ばした。 「うっ…、この!!」 それでも掴み掛かろうとしたが、その時後ろから凍るほど冷静な声が割って入った。 「そこまでにしろよ」 「!!」 カナン達は振り返ると瞬時に顔色を失った。 「あ…、ま、まさか…」 「サキ!!」 いつそこにいたのか、腕を組んで壁にもたれかかるサキの姿があった。 その手には愛用の銃が握られている。 カナンは一気に血の気が引いた。 サキはゆっくり組んでいた腕をほどくと銃口をカナンに向けた。 「サキ、あ…、ねぇ、あたし、ずっと貴方に会いたかったわ」 「…」 「ほ、本当よ!会えて嬉しいわ!」 カナンはがくがくと震えながらも熱心に訴えている。 サキは全く無視して言った。 「スラムの者なら、俺の掟くらい知ってるよな?」 「う…」 「…俺のものに手出した奴は、誰であろうと相応の報いを受けてもらう」 セプラは震えながらもセーラを指さした。 「ま、待ってよ!あいつとサキは関係ないんじゃないの!?」 サキは横目で見ると低く笑った。 「バカが。コーは俺が一番手塩にかけた連れだ。そのコーの連れなら俺のものの内に入るんだよ」 サキは躊躇わずに引き金を引いた。 凄まじい音が二発鳴り響くと、カナンは人形のように前に倒れこんだ。 「かっ…カナン!!」 叫ぶルナとセプラにも銃口を向けると、こちらにも迷わず発砲する。 辺りは急に静かになった。 セーラの紐を解いていたコーシは、ちらりとサキを見た。 「…殺ったのか?」 「散らばってるのが血じゃないなら生きてんじゃねーの?」 倒れこむ彼女たちの周りに散らばっているのは血ではなくそれぞれの髪だった。 「なんだ。失神してるだけか。相変わらずすげーコントロールだな」 柱から離れたセーラを抱きかかえると、コーシはその頬に触れた。 「セーラ、セーラ!」 薄っすらと薄水色の瞳が開くと、その目を覗き込む。 「…コー…シ」 抱きしめるコーシの背中に手を這わせると、セーラは安心したように微笑んだ。 「ケガ、してない?」 「してんのはそっちだろうが」 ボロボロにされた服の上から自分のシャツをかぶせる。 セーラは申し訳なさそうにした。 「汚れちゃうよ…」 「お前を海で拾った時は、もっと酷い油だったんだぜ。また俺が洗い流してやるよ」 セーラは安堵の笑みを浮かべるとそのままコーシの腕で目を閉じた。 「コー。この子が、ヒューマロイドなんだな?」 黙って見守っていたサキがそっと声を掛ける。 コーシは意識のないセーラを抱き上げると一つ頷いた。 サキはそれ以上何も聞かなかった。 二人の関係なんて、今のやりとりだけで充分かるからだ。 「帰るぞ。早く彼女を手当てしてやらねーとな」 それだけ言うと、すぐに帰路に着いた。
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