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体に心地よい程度の重みと温かさを感じながら、少女は薄っすらと目を開いた。
動けないと思ったのは、見知らぬ青年が自分を抱え込んでいたからだ。
薄暗い玄関と狭い廊下の途中で、青年はまるで力尽きたかのように熟睡している。
少女は体を起こし声をかけようとしたが、ハッと自分の頭に触れると青年をまじまじ見下ろした。
「貴方が、私の…」
少女からこぼれ落ちたのは花のような笑顔だった。
青年の歳は十代後半といったところだろうか。
背は高く、無造作に投げ出された手足も長い。
眠っていてもどこか野性味があるが、その寝顔は意外にもあどけなさが残っている。
少女は小さな手を伸ばすと、青年の髪に愛おしげに触れた。
しばらく和やかな時間に身を任せていたが、突然手首をすごい力で握られた。
驚いて体を強張らせると、さっきまでぴくりともしなかった青年が気怠げに起きた。
「…まだ、海の匂いがする」
鋭い眼差しが少女を射抜く。
「お前…ふざけんなよ。誰の家でそんな異臭撒き散らしてやがる。とっととそこで全部落ちるまで泡にまみれてこい」
座った目でシャワールームを指すと、今度は仰向けにひっくり返りまた寝息を立て始める。
少女は止まっていた息をそっと吐いた。
「え…と、どうすればいいのかな」
困ってしまったが、考え込んだ末に立ち上がるとシャワールームへ行ってみた。
ステンレスの扉は開くのにやや力がいったが、中を覗くとそこは意外にも綺麗に整っていた。
古いながらに鏡は磨かれ、清潔なタオルが棚に並び、換気も行き届いている。
しかも一見しただけでも大衆向けとは違う、香りの良い液体石鹸まで置いてあった。
「これ、あの人のにおいだ…」
煙草の匂いに混じって、微かにしたシトラスの香り。
「いいにおい」
少女は嬉しそうに微笑むと、とりあえず指示に従い体を洗い流すことにした。
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