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セーラを寝かしつけリビングに戻ると、サキは暗がりの中明かりもつけずにソファに沈み込んでいた。
コーシは床に座り、じっとサキの言葉を待った。
サキはのろりと煙草を取り出すと火をつけた。
「…残り時間は、もう二ヶ月きったってところか」
「…」
「お前、どうすんの?」
コーシは片膝を抱えると慎重に言葉を選んだ。
「それは俺が聞きたくてサキを探してたんだ。サキ、セーラをなんとかする方法は本当に何もないのか?要するに頭の機械をどうにかすればいいんじゃないのか?」
サキはゆっくり煙を吸うと首を横に振った。
「あの機械は細胞レベルで脳に癒着してる。例え上手く外してやれたとしても、脳へのダメージは避けられない」
「じゃあせめてインプットを解除して、寿命を伸ばすことは…」
「インプットと寿命はあまり関係ない」
「でも…何かあるだろう?何か、方法くらい…」
「…」
「サキ…!」
サキは表情を一切消し、遠い目で天井を見上げた。
「過去…、お前みたいにヒューマロイドを愛した奴は多くいたさ」
「…」
「そこにつけ込んだのがこのえぐいビジネスの真骨頂さ。彼らは莫大な金をつぎ込み、愛したヒューマロイドと同じ型の体を買い続ける。愛する者が戻ってくるんだ。皆必死だっただろうよ」
煙草を咥えたまま酷薄な笑みを浮かべる。
「…試してみたい?」
コーシは苦々しく舌打ちすると吐き捨てるように言った。
「俺が、そんなバカだと思うか?」
サキは低く笑った。
「そう言えるだけお前はまだ健全なのさ。人間ってのは…どうしても麻痺しちまうからな」
「…」
「悪いが、俺が知ってるのはここまでだ」
暗闇に沈黙が重くのしかかる。
サキ以上に世を知っている者はそういない。
そのサキがお手上げだというのなら、希望の道はほぼ絶たれたに等しいのだろう。
「彼女を諦めるか?」
ハッと顔を上げると、真剣な眼差しとぶつかった。
「諦めるなら、俺にくれ。彼女を探してる奴がどうもスラムを嗅ぎ回ってるらしくてさ。不愉快で仕方ねぇんだ。セーラを引き渡すことを条件に、即刻立ち去ってもらう」
バンッとテーブルが音を響かせる。
コーシはサキの目の前に迫った。
「ふざけてんのか?」
「あいにく大真面目さ」
「そんなことをしたらあいつはどうなる?」
「言っただろ?頭の機械を取り外して新しい体…、この場合クローンはないだろうから別の誰かの体に入れるだろう。そして新しく誕生した″セーラ″が予定通り売っぱらわれるだけだ」
サキの胸倉を掴み上げると、コーシの瞳が険しく光った。
「…セーラは物じゃない。それにどんな状態でも他人に指一本触れさせてたまるかっ。大体俺があいつを手放すと思うか!?」
サキはにやりと笑うと締め上げてくる手を掴んだ。
そのまま立ち上がると、いとも簡単に腕を捻りコーシの体ごとひっくり返した。
「思わねぇからあえて全部話してやったんじゃねーか。ややこしい事態にしやがってコノヤロウ。しょうがねーから地道にシッポを手繰り寄せて大元を引っ張り出すか」
コーシは勢いよく飛び起きるともう一度サキに食ってかかった。
「つまり、俺を試したんだな!?」
「まぁ、確認だよ確認。お前のことは俺が一番よく知ってるしな」
余裕めいて言われれば気まずく目をそらすしかない。
こういう時は一生勝てる気がしないから腹が立つ。
サキは腕を組むと声を落とした。
「コー。あまり考えたくないが、今回の件で裏切りの気配がある」
「裏切り?」
「カナンがレイビーへ現れたのは恐らく偶然じゃない。誰かが手引きしたはずだ。となれば、ここはもう安全じゃない」
「…レイビーを出ろって事か。でもここを出ても何処へ向かえばいいんだよ」
サキはメモに走り書きをすると手渡した。
「商業区だ。そこを仕切ってるララージュって男を頼れ」
「サキの連れだよな」
「ああ、奴は信用できる。だが気をつけろ。商業区はフラッガの気配も濃厚だ。ララの懐に入るまでは絶対気を抜くな」
「…分かった」
紙を受け取り頷く。
サキはくるりと背を向けると玄関に足を運んだ。
「サキ」
「ん?」
「あんたはこれからどーすんだ」
サキは振り返ると不敵に笑った。
「まずは今回の後始末だ。ま、俺は俺のやり方で何とかするさ。オコサマは見ない方が今後の為だぜ」
軽く言うが、こういう時のサキの恐ろしさはよく知っている。
恐らく有益な情報が出てくるまで、死んだ方がましだという思いをカナンも味わうことになるだろう。
久々にひやりとしたものを感じたが、コーシは黙ってその背中を見送った。
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