透明な罠

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透明な罠

メインロードに入り、真っ直ぐ商業区を目指していれば次第に建物が増えていく。 辺りが薄暗くなってくると、コーシは中央区の東通りでバイクを止めた。 「今日はここまでにするか」 「商業区はまだ遠いの?」 「いや、ここからならあと一時間もあれば着く。でも疲れただろ?」 速度を抑え何度も休憩を入れたが、セーラにあまり無理はさせられない。 主人と顔馴染みの宿を押さえると、二人はのんびりと散歩がてら食べる物を調達しに行った。 「あそこに光ってる一帯が見えるだろ?あれが商業区だ」 「ほんとだ。…でも、その手前も明かりが多いね」 「あそこはリップスタウンだな」 「リップスタウン?」 「この十年でスラムに先を見出して一般市街から引っ越してくる奴らが増えたんだ。そいつらは大体あのリップスタウンに家を構えて集まってる。結構な屋敷とかもあるんだぜ」 言いながら少し顔を曇らせる。 コーシは気を取り直して人が賑わう出店を指さした。 「あそこに寄るか。鶏めしが旨いぜ」 「うん」 セーラは一歩を踏み出そうとしたが、その時一瞬目の前が真っ白になった。 足元が覚束なくなるとすぐにコーシの手が体を支えた。 「おい、大丈夫か」 「ご…ごめん」 少しするとふらつきはすぐに治った。 「疲れたのか?今日はさっさと食って寝るか」 「うん」 セーラは額を押さえながら頷いた。 この時から、異変は薄々感じていた。 体調が悪いわけでもないのに何だか頭が重い。 夜はゆっくり休んだが、それでも気分はすっきり晴れなかった。 コーシは商業区へ入る前にセーラの様子に気付くと、リップスタウンでバイクを止めた。 「セーラ、やっぱどこか具合が悪いんじゃないか?」 「え…?」 「何かおかしいぞ」 「そんな事ないよ。…大丈夫」 額に手を当てるも熱はない。 だがおかしな事に後頭部の方がやや熱い。 コーシはバイクをゆっくり空き地へ移動させ止めた。 「ここで少し休もう」 「…」 「セーラ?」 振り返るとセーラがぐらりとずれ落ちた。 「セーラ!!」 反射的に掴み、ギリギリで落ちるのを防ぐ。 コーシはぎくりとした。 セーラの顔は真っ青で、意識がない。 「な…」 「なぁ兄ちゃん。随分上物をつれてるじゃねぇか」 こんな時だというのに、背後から六人のチンピラが囲んできた。 コーシは毛を逆立てた。 「…何だよ。今取り込んでるんだ」 「それを置いていけよ。用があるのは女だ。かっこつけて痛い目なんざ見たくないだろ?」 にやにやと笑いながら距離を詰めてくる。 コーシはセーラを下ろすとその前に立った。 「おいおい、折角お前は見逃してやろうってのにやる気か?」 「…」 「てめーのそのお綺麗な顔もぐちゃぐちゃにして埋めてやろうか、ああ?」 コーシより一回りも大きな男が挑発的に胸ぐらを掴む。 だが次の瞬間、その男は大きく回転したかと思うと地面に転がった。 「なっ…何だ!?」 「おいサイモン、何ふざけてやがる」 転がされた男は立ち上がると怒りに顔を真っ赤に染めた。 「こ、この!!ぶっ殺してやる!!」 再び掴み掛かろうとしたが、気がつけば手は空を掴み、鳩尾に強烈な膝を叩き込まれていた。 「ぐ…がっ!!」 白目を剥いて大きな体が崩れ落ちる。 残りの五人は何が起きたのか理解できなかった。 「ま、まさかこいつがサイモンをやったのか!?」 「い、一撃だと…?」 「速い!!」 コーシの鮮やかなライムグリーンの瞳に冷たい闘志が光る。 「…散れよ。邪魔だ」 五人は完全に気圧されたが、それでも踏みとどまるとナイフを取り出した。 「ど…、どうやら死にてぇらしいな。これが最後の忠告だ。その女を置いていけ!!」 「聞こえねぇのかよ。散れっつったんだ」 「ぐっ…、や、やれ!!」 こっちは武器を手にした大男が五人。 どう考えても丸腰の青年一人に勝てぬわけがない。 だがこの場合、完全に相手が悪かった。 コーシは己にかけていたリミッターを取っ払うと、大いに暴れだした。 男達のナイフは叩き落とされ、手が出せないうちに次々と襲いくる猛攻が急所を抉っていく。 「な、何なんだこの野郎は!?強い!!」 「くそっ!!おい、こいつはいいからあのヒューマロイドを奪え…!!ぐぁっ!!」 コーシは目を見張ると、勢い余って沈めた最後の一人の胸ぐらを掴み揺さぶった。 「おい、ちょっと待てよ!!今、なんつった!?」 聞き出したくても既に全員のびきっている。 この男達はただ絡んできたのではない。 明らかにセーラの事を知って取り囲んだのだ。 「狙われていた…?一体いつから…」 サキの忠告を思い出すとコーシの背中に冷たいものが走った。 「お嬢さん、お嬢さんどうされました!?」 はっとして振り返ると見知らぬ男がセーラのそばにいた。 コーシはすぐに駆けつけた。 「お前、何だよ!?」 二十代後半に見える童顔な男は懐から身分証を出した。 「私は医者だ。この子、ひどい熱じゃないか!!こんな所に寝かせていては命に関わりますよ!!」 「え…」 見ればさっきまで真っ青だったセーラが、赤い顔に変わり浅い呼吸を乱している。 医者は理知的な眼鏡をくいと上げ、セーラを抱えようとした。 「こいつに触んな!!」 「具合を悪くしたのはいつですか。衛生環境の悪いこのスラムでは何に感染してもおかしくない。大切なのは初期段階で的確に対応することです」 セーラを奪い抱き上げたが、確かに体が異様に熱い。 「セーラ…」 「自宅はこの近くですか?どこか落ち着ける室内があれば今すぐ私が診察します」 「いや、近くには…」 「ではお知り合いの方のお宅でも構いません。とにかく今は彼女を優先しましょう」 知り合いという言葉にコーシは苦い顔をした。 いるにはいるが、出来るだけ近付きたくなかったからだ。 「フェザー家なら…、入れてくれると思う」 「フェザー家ですか?」 医者が目を見張ったのも無理はない。 このリップスタウンを作り上げたのは、エボグロ・フェザーという男が率いるファミリーだ。 そんな大物とコーシが知り合いだというのがいまいちピンとこなかったのだろう。 「失礼ですが、どういった知り合いで…?」 「あんたには関係ないだろ」 セーラを背に負うとさっさと歩き出す。 医者は黙ってそれに続いた。 コーシはこの辺りで一番大きな屋敷に着くと呼び鈴を鳴らした。 しばらく待つと玄関扉が開き、古株の使用人といった男が出てきた。 「どちらさまで?」 「…ハマクラ。久しぶりだな」 使用人はぎょっとするとコーシを凝視した。 「ま、ま、まさか…!!サキさんの…!!」 「ちょっと急病人がでたんだ。悪いが部屋を一室借りれないか?」 「す、少しお待ちください!!」 ハマクラはわたわたと屋敷へ戻ると大声で叫んだ。 「お、お嬢さま!!サキさまのとこのぼっちゃんです!!コーシさんがいらっしゃっておりますぞ!!」 コーシが顔をしかめていると、中からバタバタと騒音が響き予想通りの女が勢いよく飛び出して来た。 「コーシ!!あんた、よくものこのこと顔を出しに来たわね!!約束破って勝手に出て行ったくせに!!」 「リコ、それは後にしてくれ。急病人がいるんだ。中へ入れてくれないか」 「いや!!」 リコは腰まである長い髪を揺らすと、ぷんと腕を組んだ。 「おいっ…」 「約束の話が先だわ!!私、ずっと待っていたんだから!!ちゃんと約束守ってくれるなら助けてあげる!!」 「今はそれどころじゃないんだ!!」 「じゃあそのへんで野垂れ死ねば!?」 リコに引く気は全くない。 苛立って言い返そうとしたが、背中でセーラが苦しそうに身じろぎした。 言いたいことを全て飲み込むと、コーシは低い声で言った。 「…分かった」 「え…」 「分かったから、ここを通してくれ」 リコは信じられない思いでコーシを見上げた。 「本当に!?今分かったって言ったのよね?」 「ああ」 疑惑の顔が満面の笑みに変わる。 「嬉しい!!さぁ、入って入って!!」 「この医者もいいか?ここで診てもらいたい」 「勿論!!婚約者の言うことですもの。何でも協力するわ!!」 リコは上機嫌で皆を招き入れると、玄関扉をばたんと閉めた。
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