透明な罠

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案内されたのは二階の一番東側にある客室だった。 コーシはベッドにセーラを寝かせると、医者以外人払いをした。 医者は黒い鞄から色々取り出すと一通りセーラを診察した。 「それでは、昨日までは特に変わりはなかったのですね?」 「ああ。夜に一度足元がふらつくまでは特に…」 「近く熱を出したことは?」 「前に高熱ダニの菌にやられたけど、噛まれたのは俺のほうだ」 「そうですか」 その他にも幾つか質問をしてから、医者はセーラに薬を飲ませた。 「感染症の疑いもあったので隔離してもらいましたが、どうやらそれはないみたいですね」 「原因は?」 「今の段階ではっきりとは言えませんが、とりあえずこのまま安静にしながら熱が引くのを待ちましょう。もしもの時の為にそれまで僕が容体を見ておきますよ」 医者とはいえ歳若い男がセーラのそばにいるのは抵抗がある。 だがこれ以上無理はさせられない。 悩んでいると扉がノックされ、リコが顔を覗かせた。 「診察は終わった?」 リコの後ろからはハマクラも従うようについている。 「コーシ、あっちに夕食を用意させたわ」 「俺はいい」 「そんなこと言って…。コーシまで倒れたらどうするの?」 「セーラの目が覚めるまでここにいる」 リコはしなだれるようにコーシの腕に絡むと一緒に眠る少女を見下ろした。 「ずいぶん大事にしてるのね。これは誰なの?」 コーシはちらりとリコを見ると考えていた答えを口にした。 「こいつはサキの連れだ」 「サキさまの?」 「わけあって今は俺が預かってる」 リコは納得したように頷いた。 「そうだったの…。さっきは意地悪なこと言ってごめんなさい。つい頭に血がのぼっちゃって…」 「それよりフェザーの旦那は?姿を見なかった気がするけど」 「お父様は今商業区にいないわ。来週にしか帰ってこないの。残念ながら私たちの報告はしばらくお預けね。ねえ、それまでここにいてくれるんでしょう?」 来週。 今話をつけられないのは痛いが、何にしてもしばらくリコに厄介をかけることは違いない。 コーシは目を伏せると短く答えた。 「ああ…」 「嬉しい!!」 はしゃぐ声でセーラが身じろぎをする。 「あ、ごめんなさい…」 リコは慌てて口元を押さえた。 コーシはセーラを覗き込むと、そっと名を呼びかけた。 「セーラ」 その声に反応したセーラがうっすらと瞳を開く。 「コー…シ…?」 コーシが視界に入ると、安心したように微笑みが浮かぶ。 今まで人形の様に眠っていた少女の微笑みは、リコがどきりとするほど美しいものだった。 「セーラ、ここは俺の知り合いの家だ。色々疲れが溜まって熱が出たみたいだから、ゆっくり休め」 「でも…」 「心配すんな。俺もいるから」 いつものように話しかけたが、その手は一度も触れようとはしない。 セーラは少し不安そうにしたが、ただ黙って頷いた。 リコは驚いて二人を見ていた。 コーシがこんなに優しく人に話しかけてるのを見たことがなかったからだ。 ムッと眉を寄せるとコーシの腕を引っ張った。 「ねぇ。もう意識は戻ったんだし、あとはお医者様にまかせましょうよ」 「いや、俺は…」 リコは背伸びをするとコーシの頬にキスをした。 「お前な…!!」 「何よ?別にいいじゃない。婚約者なんだから」 リコは無邪気に笑うとセーラを振り返った。 「初めまして、セーラさん。私はリコ・フェザー。コーシの婚約者よ」 リコはコーシには見えないように艶然と微笑むと、目を見開いたまま凍りつくセーラに優雅に挨拶をした。
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