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商業区の中枢でもある赤煉瓦棟の中で、ララージュはガリガリと頭をかき首をひねっていた。
「で、サキんとこのガキはいったいいつ来やがるんだ?」
サキから連絡が来たのはもう一週間以上も前だ。
探させようにも碌に顔も知らないので、訪ねてくるのを待つしかない。
請求書の束を片手にそろそろサキに連絡を入れるか考えていると、入り口付近が騒がしくなった。
「ララ!!ララはいるか!?」
「あん?カヲルじゃねーか。どうしたんだそんな血相変えて」
「コーシがまだ来てないというのは本当か!?」
「おお、俺も今それを考えてたところだ。何をとろとろしてやがるんだ?」
カヲルは傍目にも顔色が悪く、ツカツカと近付くともう一度同じ質問をした。
「コーシはもうとっくにレイビーを出たはずだ!!本当に姿も見てないのか!?」
「だから、来ねぇんだよっ。ただでさえ商業区は閉鎖の対応でごった返してるんだ。そいつばかり気にしてらんねぇよ。何をそんなにイライラしてんだ?」
ララージュはまだフラッガの事を聞かされていない。
サキからは、いつものように詳細をごっそり省いたままコーシを引き取れと連絡が入っただけだ。
「ララ。スラムを探ってる連中、あんたが炙り出したんだってな」
「正確に言えばサキの言う通り封鎖して、怪しい奴を見張ってたら網にかかっただけだけどな」
「その後はどうしてる?」
「サキが丸ごと引き受けてったぜ。末路までは知らん」
「そうか…」
ララは眉を寄せるとカヲルの肩を掴んだ。
「おい、カヲル。お前真っ青だぞ?どうかしたのか?」
「…」
カヲルはそれには応えず踵を返した。
「私はコーシを探す。邪魔したな」
言い捨てると、不審そうなララを残して走り去った。
————
地上を歩いていたサキは、地下へと続く長い階段をゆっくりと下りていた。
響くのはコツコツと音を立てる自分の足音だけだ。
下まで降りきると鉄のドアを勢い良く蹴破った。
「よぅ、いたいた」
「なっ、何だ!?」
中にいたのは贅肉に服を着せたような中年の男だ。
ジャラジャラと趣味の悪い宝石が揺れ、手には鞭を持っている。
その足元には半裸に近い女が蹲っていた。
「へぇ、いい趣味してんじゃん。俺も混ぜてくれよ」
「く、来るな!!貴様どうやってこんな所まで辿り着いたんだ!?」
「お前が闇商人の一人、パッカーソン・ラビだな?フラッガとつるんで随分儲けてるみたいじゃねーか」
「ちっ、近付くな!!」
ラビは手持ちの鞭を振るったが、サキは自分からしなる鞭を掴み絡め取った。
「危ないなぁ。これ当たったらかなり痛いんだぜ。知らないのか?」
力尽くで引っ張り奪い取ると、それを持ち主の太鼓腹に振るってやる。
地下に醜い絶叫が響いた。
「な?痛いだろ?特に女なんかに使うもんじゃないぜ。まぁ女に使われたい奴ってのも一定数いるらしいけどな」
「なっ、何なんだお前は!?いい、一体誰だ!?」
サキは鞭を捨てるとにやりと笑った。
「スラムに手を出す割には調べが甘いんじゃねぇの?この街には俺の声が分かんねぇ奴なんか一人もいないってのに」
「は…、は?」
「これで分かるか?」
懐から取り出したのは黒く光る銃だ。
ラビは一瞬で蒼白になった。
「まっ、まさか…、きき、貴様が…!!」
「そ。俺がサキだ」
暴発弾が世に横行するようになってから、もう何年も経つ。
事故はどう手を尽くしても絶えなくなり、人は銃を捨てた。
だからこうして堂々と懐から出してくる者はそうはいない。
そしてスラム随一のボスがそんな拳銃を愛用している事は、かなり有名な話だ。
「や、やめてくれ!!頼む…!!欲しいものはなんでもやる!!」
ラビはガタガタと震えながら両手を床についた。
サキは喉で笑った。
「なんだ。味気ねぇなぁ。あんたらが利用した他の商人は息が止まるまで頑張ったんだぜ?」
「お、俺じゃない!!俺は言われるがままに客を引き合わせていただけだ!!全てはフラッガがした事だ!!」
「そのフラッガはどうやら色気を出してスラムまでぶんどろうとしてるみたいだが、一体何を企んでる?」
「しっ、知らない!!私は、本当に…!!」
サキは肩をすくめると、何とか許しを乞おうと足元に縋り付いてきたラビのそばに一発撃ち放った。
「ひっ!!ひいぃぃ!!」
「役にたたねーなぁ。ま、仕方ないか」
フラッガは元々一匹狼だ。
ラビを本気で仲間に率いるとは考えにくい。
この男も最初から切り捨てるつもりで利用されていたのだろう。
「なぁ、じゃあせめて一つだけ教えてくれよ」
怯えきった男の額にぴたりと銃口を押し付ける。
「フラッガは、どこにいる?」
「う…あ…」
「ん?」
いっそ優しく笑いかける。
それなのに獅子を前にしたかのような獰猛な気迫がびりびりと肌に迫り、ラビは全身にどっと冷や汗を流した。
「しっ、知らない!!ヒューマロイドを追ってシェルターの…す、スラム街に行ったっきりだ!!」
「いつ?」
「ヒューマロイドが逃げたと知った直後だ!!それ以上は知らない!!後は一度だけ年若い女を調達してこいと何処からか通信が入ったのみだ!!」
サキは銃口を下げるとため息をついた。
「…まじかぁ。せっかく地道にここまで辿り着いたってのに」
張り詰めた空気が散布したことに、ラビは安堵して詰めていた息を吐いた。
その瞬間、頭に弾が一発貫通した。
サキは煙を吐く銃口を下ろすと無情に見下ろした。
「脅すのには気迫がいるが、殺るのに無駄な威嚇はむしろいらないもんなんだぜ。ひとつ勉強になったろ?」
まだ熱い銃を構わず懐にしまうと、うずくまったまま動かない女に自分のジャケットを着せた。
「あんた、どこから駆り出されたんだ?」
「に、西区…の、ミッケンの住宅地内で…」
「西区?いつ連れて来られたんだ?」
「昨日…、の、昼下がりに…」
ボロボロと泣き始めた女を抱え上げると、サキは思案顔になった。
「昨日か…」
タイミング的に見て、おそらく彼女はセーラの身体が朽ちた時の為に連れて来られたのだろう。
新しい、ヒューマロイドにする為に。
サキは舌打ちすると怯える女の背を撫でた。
「とんだ災難だったな。見つけられてよかったよ」
「さ…、サキさ…うぅ」
女は今度こそ泣きじゃくるとサキの首にすがりついた。
サキはあやしながら階段を登ったが、途中で振り返ると階下に何か投げ入れた。
「さぁ、さっさとずらかろうぜ。俺特性時限爆弾は発動しちまうと手が付けられない」
地上へ出てバイクを走らせると、後ろで凄まじい爆発音が響き渡った。
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