透明な罠

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商業区に出てきていたM-Aは、とある店から一人の男の後をつけていた。 明らかに挙動不審なその男は、周りの目を気にしながら南を目指そうとしている。 「痩せ型で茶髪、三十半ばの男か…。ついに見つけたでフラッガ」 不敵に笑うとぴたりとマークしながら尾行する。 人混みをかき分け、どのタイミングで声をかけるべきか見計らっていると急に角から人が飛び出してきた。 「M-Aさん!」 「どぅああぁあ!!びっくりしたわ!!急に出てくんなやボケ!!」 M-Aは思わずその男を拳ではたいた。 「いっ!!酷いですよぉ!!サキさんに聞いてないんですか!?M-Aさん、商業区来たら俺と合流するって!!」 M-Aははたと手を叩いた。 「そーいえば商業区と南区にフラッガの顔知っとる奴何人か待機さしとくて言うてたな」 「酷いです…」 「あ、見失うやないか!!早よついて来い!!えーと、誰や!?」 「俺、カンジっす」 「おし、カンジ行くぞ!!」 M-Aが走り出したのでカンジも慌ててついてきた。 フラッガはキョロキョロと落ち着きがなく、仕切りに時間を気にしているようだ。 「なんや、仲間でもおるんかいな」 「M-Aさん、逃がす前にとっ捕まえましょうよ」 「…せやな」 そうと決めたらM-Aの動きは素早かった。 さりげなくフラッガの背後に迫ると、建物と建物の間に一瞬で押し込んだ。 カンジが後を追って狭い路地に入り込むと、すでにM-Aのヘッドロックが綺麗に決まっていた。 「は、速すぎでしょM-Aさん!!もうカタついたんですか!?」 「ったりまえや!俺が狙ったら誰かてイチコロやで!!」 M-Aは豪快に笑うと失神したフラッガを離した。 「ん?でもM-Aさん…」 「なんや!」 「これ、誰すか?」 「…は?」 カンジはまじまじと失神してる男を見てからM-Aを見上げた。 「これ、フラッガじゃないすよ」 「なんでやねん!!痩せ長の、薄茶の髪の男なんやろ!?フラッガがよく出入りするっていう店からちゃんと出て来たぞ!?」 「そうですけど…」 もう一度伸びてる男を見ると、はっきり首を振る。 「これ、背格好は似せてますけど全然違う人です」 「だ、ダミーか!?おちょくりおって!!じゃあ本物のフラッガはどこおんねん!?」 M-Aは低く唸ると偽フラッガを引きずり上げた。 「…ん?何やこいつ、何持っとんのや」 男の手には、くしゃくしゃに握られた一枚のメモがあった。 「何や…?何かの時間と、場所?」 広げてみても暗号めいていて明確な事は分からない。 だがその一番下にはっきりと書いてあるのは、サキの名前とそれに殴るように書かれたばつ印だ。 「M-Aさん、これって…」 カンジが顔色を変えて息を呑む。 「…ああ。ざっくりとした目的ははっきりしたな。早いとこサキと合流するか」 「は、はい…」 「それにしてもどうも今回は空振りが多いな。まるで敵に俺らの行動が丸々バレとるみたいや」 「え…?」 M-Aは渋い顔をするとカンジの顔をぺしりと手のひらでたたいた。 「まぁ、憶測だけで構えてもしゃーない。行くぞ」 「はい。…いてて」 M-Aは煙草を一本も吸っていない事に気付かぬまま足を速めた。 ———— 「暗殺ぅ?俺を?」 西区から帰ってきたサキは休憩もそこそこにM-Aと落ち合っていた。 テーブルに置かれているのはさっきM-Aが手に入れたくしゃくしゃのメモだ。 「まぁ、間違い無いやろうな」 「おいおい。フラッガの野郎、頭は確かなのかよ」 「俺かてそう思ったわ。けどな、考えてみればうまい時期やないか」 サキも言っていたが、スラムは今大事な時期だ。 せっかく一般市街からの偏見も薄れてきてるのに、今争いが起こればここまでの苦労が全て水の泡だ。 「お前が一声掛ければスラム中から何千て奴らが無条件で集まる。でも今はそんな派手な真似は出来ん。それを見越して仕掛けてるとしたら相当な根性悪やぞ」 「だからと言って別に負ける気はしねぇぜ。フラッガだって単独だろ?」 二人は煙草を取り出すと同時にM-Aの火を分けた。 「…単独ってことは、ラビは見つけたんやな?」 「ああ。地上にいやがった。まぁ目ぼしい情報はなかったし、とりあえず全部吹っ飛ばしてきた。セーラの身代わりの女が捕らえられてたからその子だけ返してきたけど」 「けー、胸糞悪い」 サキは酒の入ったグラスを見つめながら、くるりと中の液体を回した。 「繋がってた闇商人はこれで全て始末したが…肝心のフラッガはシェルターに潜んだままだ」 「奴の狙いはセーラの回収、それからお前の暗殺。あわよくば闇市の足場としてスラムを手に入れる。まぁ、こんなもんか」 M-Aは腕を組むと低く唸った。 「何にしても甘く見られたもんや。さっさと炙り出して捻り潰したるわ」 「同感…と、言いたい所だが厄介なことにコーが絡んでるからなぁ」 前だけ見て攻め込むのと、後ろを守りながら攻めるのとでは天と地ほどの差がある。 こうなるとカヲルが言っていたことも頷ける。 情が移る前にセーラを叩き返しておけば、そんな弱点を抱え込まなくて済んだのだ。 M-Aは背もたれにもたれながらシミだらけの天井を睨み、サキは煙草を咥えたまま窓の外を眺めた。 「それにしても、平和すぎて気持ち悪いな」 「そうだな」 敵の気配だけは感じられるのに、今のところこれといった大きな動きがない。 まるで透明な蜘蛛の巣にでもひっかかっているみたいだ。 「…このスラムもややこしい奴に目つけられたもんや。どうやってここまできたかなんて、知りもせんくせによ」 「全くだ」 手持ちの煙草を一通り吸い尽くすと、二人は店を出てそれぞれ別方向へ歩いて行った。
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