透明な罠

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コーシの言いつけ通り、セーラはきちんと食べよく休んだ。 結局のところ体調不良の原因は分からなかったが、それでも熱は引き体も回復傾向にある。 「うん、後は無理せずゆっくり過ごしていればいいでしょう。気分転換に少しだけなら外に出ますか?」 「外に…?」 「ええ」 診察を終えたユスラは聴診器を外したが、ふとセーラの服の下に見える痣に目が止まった。 「セーラさん、これは…」 「あ…」 セーラは慌てて痣を隠した。 「何でもないです。少し、転んで怪我をしてしまって」 「…そうですか」 ユスラはまだ何か言いたげだったが、そこにハマクラが朝食を運んできた。 「失礼致します。朝食をお持ちしました」 「ありがとうございます」 ぺこりと頭を下げるセーラは顔色も良く元気そうだ。 「熱が下がってようございましたね」 「うん。ハマクラさん、コーシはどこにいますか?」 「コーシさんは朝早くからお嬢様と出かけておいでです。いつ戻られるかは存じません」 「え…」 セーラが傍目にもしゅんと肩を落としたので、ユスラが笑って言った。 「セーラさんは、コーシさんが大好きなのですね」 「うん!」 反射的に答えてしまい、慌てて首を横に振った。 「あ、でも!そういうのではなくて!ちがうんです!」 「あながちお嬢さんの勘ぐりも間違いではないわけか。さて、エスコートが僕ではいささか不満でしょうが、後で散歩のお誘いに来てもよろしいですかね?」 セーラは真っ赤になりながら頷いた。 朝食と身支度を終えると、ユスラが部屋の前まで迎えに来た。 もしかしたらコーシに会えるかもという期待だけを胸に、セーラは一週間ぶりに部屋を出た。 コーシは商業区のデータ館で出来る限りの情報を手繰り寄せていた。 少しでもセーラを何とかする手掛かりがないかと休む間も無く調べ倒していたが、見たい情報には腹が立つほど厳重にロックがかけられている。 「ったく、どれもこれも面倒な手間かけさせやがって…」 小さく悪態をつくと手持ちのチップを接続する。 滑るように手早く打ち込み、アクセスを繰り返すと次々とロックが外れていった。 何食わぬ顔でチップを外すとケースになおす。 代わりに煙草を取り出すと一本咥えた。 公共のデータなら、コーシにとってこれくらい朝飯前だ。 一時、どこのセキュリティまでなら痕跡を残さずに潜り込めるのか、かなりのめり込んで遊んでいた時期がある。 後にそれは罪になると知りやめたが、知らずに磨き倒したハッカーとしての腕はその時には既に一流のそれだった。 コーシは一般閲覧禁止の資料を残らず引っ張り出した。 だが調べれば調べる程、サキの見識が間違いではないと突き付けられるばかりだ。 ここではシェルター外の情報も乏しく、ましてや他文明の事など調べられるはずもなかった。 「せめてシェルター外にセーラを連れ出せる時間があれば…」 「コーシ!!こんな所にいたぁ!!」 熟考中に叫ばれて、コーシの眉はつりあがった。 「リコ…」 「もう、朝からずっと探してたんだから!!勝手にどこかへ行かないでよ!!」 コーシは全ての画面を一気に閉じると席を立った。 「あ、どこいくの!?」 「どこでもいいだろ。ベタベタひっついてくるのはやめろ。うっとうしい」 「何調べてたの?」 「お前には関係ない」 リコはつれないコーシにやきもきした。 「ねぇ、ちょっとくらい優しくしてよ」 「優しくされたいなら邪魔するな」 リコはコーシの腕にするりと手を絡ませると下から覗き込んだ。 「せっかくいいこと教えてあげようと思ったのに、いいの?」 コーシはちらりとリコを見たが、無言で手を払いのけた。 「あー、もぅ。セーラさん、今日だいぶ元気になったから外に出てるんですって」 「外に?」 コーシは顔色を変えるとリコを置いてさっさと屋敷に戻った。 すぐにセーラがいたはずの部屋へ行ってみたが誰もいない。 「セーラ…!」 ひやりとすると、何事かと飛んできたハマクラに食ってかかった。 「おい、セーラは!?勝手に外に連れ出すんじゃねぇよ!!」 「せ、セーラさんは、ユスラさんが同伴で気分転換に散歩へ出ただけです」 「今どこにいるんだ!?」 追いついて来たリコは慌ててコーシをハマクラから引き離した。 「コーシ、落ち着いて!!何をそんなに怒っているの!?」 「あいつを一人にするわけにはいかないんだよ!!」 リコはカチンとくると体でコーシを抱き止めた。 「コーシ、いい加減にして!!あなたは私の婚約者でしょう!?また裏切るような真似をしたら、お父様は今度こそこのリップスタウンを撤退するわよ!!」 「それとこれとは関係ねぇだろうが!!」 言い合っていると玄関ポーチから声がした。 「コーシ?」 丁度外から帰ってきたユスラとセーラがそこにいた。 セーラはぱっと笑顔になったが、リコと目が合うとすぐに俯いた。 「セーラ…」 コーシはリコを引き離すとツカツカと玄関まで戻った。 「…どこへ行ってたんだ?」 「えと、家の周りを少し散歩してただけだよ」 「外には出るな。何かあったらどうするんだ」 「うん。ごめんなさい…」 既にこのリップスタウンでは一度狙われている。 もういつ誰が襲ってくるのか分からないのだ。 コーシはユスラにも厳しい目を向けた。 「今後こいつを外に連れ出さないでくれ」 「…それは、少し束縛が過ぎませんか。もう少し彼女の意見も聞いてみては?」 「余計なお世話だ。お前には関係ないだろ」 ユスラは眉を寄せたが、今はそれ以上何も言わなかった。 かなり険悪な空気が漂ったが、リコは笑顔を取り繕うと間に割って入った。 「セーラさん、もうすっかり元気そうね。よかったわ」 セーラはもじもじしながら頭を下げるときちんとお礼を言った。 「どうもありがとうございました」 「全然構わないのよ。あなたはサキさまのお連れさんですもの。どうぞお部屋で寛いでね」 これみよがしにコーシの腕に絡みつく。 コーシはその手を離させたが、セーラにも背を向けた。 「…リコ、行くぞ」 「そうね。ではまた」 リコは笑みを残し後に続いた。 セーラはぎゅっと両手を握りしめた。 いつもなら、行くぞと言ってくれるのは自分になのに…。 動けないでいるとユスラが痛ましそうにセーラの肩に手を乗せた。 「さぁ、疲れが出る前にお部屋に戻りましょう」 促しながら廊下に誰もいないか確認し、神妙な顔で扉を閉める。 ユスラは少し改めると躊躇いがちに切り出した。 「セーラさん、あなたに話があります」 「話…?」 「ずっと言おうか迷っていましたが、もう見ていられません」 一つ深呼吸をすると、腹を決めたユスラは真っ直ぐにセーラを見つめた。 「本当はあなたの症状を見た時から気付いていました。セーラさん、あなたは…ヒューマロイドですね?」
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