透明な罠

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ヒューマロイドであることを明かしてはならない。 これはコーシとの約束だ。 それなのにユスラは、セーラをベッドに座らせると苦い顔で話しを続けた。 「今回のあなたの不調は、ヒューマロイド特有の思考弊害といわれるものです」 「思考…弊害?」 「はい。本来、ヒューマロイドとは頭の中のコアが行動に関する命令を出すのですが、極稀にそれを凌駕するほどの意思を本体が持つ事があります。 そうなると繊細なコアに異常が現れ、セーラさんのように体にも異変が出てしまうのです」 「…」 ユスラは暗い顔をするセーラの隣に腰掛けた。 「あなたがヒューマロイドと気付いても、最初は半信半疑でした。でも君はコーシさんに婚約者がいようとも、ひたむきに想いを寄せ従順に従っている」 「…」 「それに体のあちこちにある痣と彼の酷い態度。ヒューマロイドは虐待を受けやすい。これはもう…間違いないと思いました」 これには驚いて顔を上げた。 「ち、違います。これはコーシがしたんじゃないです。コーシはとても優しくて…」 「ヒューマロイドは何をされても皆そう言う。痛ましいことです」 「本当に違うんです!!」 懸命に訴えるほど、ユスラの言うことが正しいかのように見えてしまう。 ユスラは哀れみの目で見下ろした。 「可哀想に。君のその気持ちは全て彼にインプットされたからに過ぎない。せめて僕が解除することが出来れば…」 頭に触れられて、セーラは青くなった。 「い…、いや…!!」 体を捻りその手から逃れる。 ユスラは苦笑した。 「残念ながら彼以外には無理なんです。それにインプットする時とは違って、解除するには君の承諾も必要となりますからね」 「どうして…そんなこと…」 「医者の世界にいる者ならこれくらい大抵は知っています。なんならヒューマロイドを密かに所持しているのは医者が最も多いでしょう。僕は愚かなことだと思いますが…」 世を憂いため息をこぼす。 ユスラはしばらく考え込んだ後、もう一度背筋を伸ばし固い声で言った。 「…知ってますか?君たちのコアにはナンバーがついている。本体が変わっても所持者の権利が損なわれない為です」 「…」 「人はヒューマロイドに深く依存する。そしてナンバーのついたコアを手放せず、何度も何度も体を変えさせようとする。そうして人知れず闇の道へと堕ちていくのです…」 聞いてはいけない。 これ以上は。 セーラは耳を覆いたくなったが、ユスラは容赦なく続けた。 「はっきり言います。その体が動かなくなった時、コーシさんの地獄は始まるでしょう。思考弊害を起こした体はもういつ壊れてもおかしくはない。君はこのまま彼の生涯を堕としてでも、最後までそばにいたいと思いますか?」 「やめて!!」 頭を抱え込んだセーラの手は細かく震えている。 残されてゆくコーシのことは、一番考えなければならないこと。 でも、一番直視できない現実。 恐くて、悲しくて、頭の中が真っ白に染まる。 ユスラはセーラが落ち着くまで待ち、懐から小さなケースを取り出した。 「…追い詰めるような言い方をしてすみません。でも信じて欲しい。僕はただ、あなた達のようなヒューマロイドを見捨てられないだけです」 蓋を開くと中には小指の先ほどの小瓶と、さらにその中には赤い粉が入っている。 「これをあなたにも一つお渡しします。今までにも同じ悩みを抱えたヒューマロイドを救ってきたものです」 小さな手を取ると小瓶を一つ握らせる。 セーラは怯えた目で見上げた。 「これは…?」 「心配しなくても恐いものではありませんよ。あなたには、どうか残りの時間を大切にして欲しいと思っています」 ユスラは優しい微笑みを浮かべるとセーラの肩を抱き寄せ話を聞かせた。 全て聞き終えたセーラは両手で顔を覆い、声もなく涙を落とした。 突然、何の前触れもなく鍵と扉が開いた。 入ってきたのは、リコを適当に撒きハマクラから鍵をぶんどったコーシだった。 セーラが元気なら少しだけでも二人で話をしようと思ったのだが、その目に飛び込んできたのはセーラの肩を抱くユスラだ。 コーシの頭には一気に血が昇った。 「お前、何やってんだよ!!」 力任せにユスラの襟首を掴み上げる。 コーシの後を追いかけてきたハマクラが慌てて止めた。 「こ、コーシさん!!乱暴はいけません!!」 「患者を泣かせて肩を抱くのが医者の仕事なのかよ!?セーラに何したんだ!!」 ユスラは吊り上げられながらも睨むようにコーシを見下ろした。 「そ、そうやって彼女を苦しめ追い詰めているのは君だと、何故分からないのですか!!セーラさんの為にとは思いましたが…あなたはやはり彼女に相応しくはないようだ!!」 「な…んだと?」 「どうやって彼女を手に入れたのかは知らないが、君のしている事は人として最低だ!!それすら認識できていないのなら、君を育てた人の程度が知れ…」 誰も止める間はなかった。 気がついた時にはユスラはもう床に沈んでいた。 「出るぞ、セーラ」 コーシはセーラの手を掴むと部屋を出ようとした。 だがその扉の前にハマクラが立ち塞がった。 「お、お、お、お待ちくださいコーシさん!!」 「…どいてくれ。お前も殴り落とされたくはないだろ」 「ど、どけません!!」 コーシの目が剣呑に光ると、そこへリコが駆けつけてきた。 「コーシ!!何をしているの!?これは一体どういうことなの!?」 「お嬢様!!コーシさんが、こ、ここから出て行こうと!!」 「何ですって!?」 リコはセーラの手を握るコーシに目を険しくした。 「コーシ、どういうつもりなのよ!!」 「…悪い、リコ」 押しのけて横を通り過ぎようとしたが、その時コーシの体に尋常じゃない衝撃が走った。 「ぐっ…な…」 「コーシ!?」 崩れ落ちたコーシに、セーラが驚いて手を伸ばす。 リコは青い顔をしたまま手にしたスタンガンをセーラに向けた。 「…あなたも、動かないで」 「で、でも、コーシが…」 「コーシの心配をするのは私の役目よ。これでも私、スラム街に乗り出したドン・フェザーの娘なの。甘く見ないでよね。…コーシから離れなさい」 ハマクラは体格のいい護衛を二人呼ぶと意識のないコーシを抱えさせた。 「お嬢様、コーシさんは…」 「一階の、鍵が二重にかかる部屋へ連れて行って。いいこと?お父様が帰るまで絶対に逃げないようにして」   コーシは連れて行かれ、呆然とするセーラはまた元の部屋へと連れ戻された。
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