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案内された部屋の中は、確かにサキの気配が生きていた。
必ず置いてあるのはサキ愛用の煙草と石の灰皿。
そしてごろ寝が出来る程度のソファと、黄色いボトルに入った液体石鹸だ。
「あいつ本当にどこで生活してもぶれないな」
少し広めのシャワールームを覗くと、ふわりとシトラスの香りが漂った。
「コーシの香りだ」
嬉しそうに言われ、コーシは首を傾げた。
「自分じゃ慣れてるから分かんねぇ」
「コーシはね、これと煙草の混ざった感じ」
「それってサキも同じじゃねーの?」
セーラは少し考えた。
「サキさんは、もっと…うーん、やっぱり少し違う気がする」
「わっかんね」
コーシはセーラの頭をくしゃりと撫で後ろから抱きしめた。
セーラは目を閉じると身体中でコーシを感じた。
ずっとずっと帰りたかった、温かい腕の中。
この香りと体温だけが張り詰めた気持ちを緩やかにほぐしていく。
振り返り胸に頬を寄せると、その命の音を感じた。
「…あのね、コーシ。ひとつだけわがまま言っていい?」
「ん?」
「一週間だけコーシの時間、全部欲しいの」
セーラは顔を上げると精一杯心を込めて微笑んだ。
「何もかも忘れて、そばにいて」
「セーラ、でも…」
「お願い。コーシに会えない間、どうして一人でいるんだろうってずっと考えてたの。そばにいたくて、もう心がおかしくなりそうだった」
「…」
「コーシ、大好きだよ。これからもずっと、ずっと大好き。だから一週間だけはコーシの一番深いところで、愛して…」
覚えていて。
普段は思い出さなくてもいいから。
心の深いところで、どうか覚えていて欲しい。
口には出せない祈りを込めて目を閉じると、瞼にキスが落とされた。
静けさの中に、一つずつ布が落ちていく音が混ざる。
全てを脱ぎ捨てると、コーシはセーラを抱えてそのままシャワールームへ入り扉を閉めた。
「…気に入らない」
「え…?」
「まだ、リコん家の匂いが残ってる」
熱いシャワーを出すと、黄色いボトルを手に取る。
「俺が全部洗い流してやるよ」
石鹸が泡立ち、湯気に絡んだシトラスの香りが広がる。
コーシは時間をかけてセーラを洗った。
「ふふ。くすぐったい」
「動くなって。滑るぞ」
その手つきはいつも丁寧で気持ちいい。
セーラはコーシに洗ってもらうのが好きだった。
しばらく大人しく身を任せてから金髪に染められた髪に手を伸ばす。
「コーシは、私が洗ってあげる」
交わす言葉はほとんどなかった。
香る泡に包まれ、長い時間をかけてただ触れ合う。
流れっぱなしのシャワーで全てを洗い落とすと、コーシはセーラの前髪を横に流した。
「…分かった」
「え…?」
「一週間は、全部お前のことしか見ない」
薄水色の髪に指を絡め引き寄せる。
湿度と熱にのぼせる中で、二人は溺れるほど長い口付けを交わした。
————
窓から差し込む朝の光で、セーラは自然に目を覚ました。
いつかのようにコーシの大きな手が見える。
体を起こすと、心地良さげに眠る横顔が見えた。
「ふふ、やっぱりかわいい…」
本人に言えば怒られるだろうが、あどけない寝顔がたまらない。
流れる髪をさらさらと撫でると、もう一度その隣に寝転がった。
「コーちゃん、もう朝だよ」
戯れに声をかけてみると、長い腕に引き寄せられた。
「…誰が、コーチャンだよ」
「あれ、聞こえてた」
「んー…」
まだまだ起きる気はなさそうだ。
セーラは先に体を流しに行こうとしたが、動いた途端ずしりと体重を乗せられた。
「お前も、まだネテロ」
「でも、起きちゃったし…」
気怠く動く手が、言うことをきこうとしない細い体を撫でる。
「こっ…コーシ!」
「…言っただろ、飽きるまで…付き合ってもらうって」
舌足らずのくせに指先は繊細だ。
首筋に擦り寄るコーシに、満足そうな笑みが浮かんだ。
「…お前の方が、いい匂いする」
その香りを確かめるようにもう一度きつく抱きしめ、コーシの意識はそのまま落ちた。
「もぅ…」
散々熱を翻弄されたセーラは、真っ赤になりながらも離してくれない腕の中で目を閉じた。
結局、解放されたのは昼をだいぶ過ぎてからだった。
着替え終えたコーシはソファに沈み込み煙草をふかしていた。
「さすがに、腹へった…」
考えてみれば昨日からほとんど何も口にしていない。
窓から外を覗いていたセーラは、沢山並ぶ商店を指差した。
「コーシ、あれは何?あんなに人がいっぱい、何処からくるの?」
ここまで駆け込みで来たから、昨日は周りの景色なんて見ている余裕がなかった。
コーシは立ち上がると一緒に窓の外を見下ろした。
「今日は商業区でも見て回るか。なんか買って外で食おうぜ」
「うん!!」
元気に答えたセーラの笑顔は、久々に花のようにパッと輝やくものだった。
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