透明な罠

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「コー!!おいコー!!」 乱暴に肩を揺すられて、泥のような眠りに落ちていたコーシはやっと目を開いた。 「…んだよ、サキ…?」 途端に襲ったのは凄まじい頭痛と倦怠感だ。 「ぐっ…」 「しっかりしろ!!一体何飲まされたんだよ!?」 サキはコーシの唇に赤い粉が少し残ってるのを見つけると、舌で舐めすくった。 「…っサキ!!」 流石に目が覚めたが、すぐに頭痛でうずくまる。 「お前…なぁ、俺はもう子どもじゃないんだ。そーいうのヤメロ…」 サキは聞いていなかった。 すぐに粉を吐き出すと舌打ちした。 「…エグザの粉だ」 「エグザの粉?」 「数年前に流行った純度の高い麻薬さ。即効性の眠り薬でもあるから、直接口にすればしばらくは深い昏睡状態に陥っちまう」 「何で、そんなもの…」 コーシはハッとすると周りを見渡した。 「…あいつは、セーラは!?」 「俺が来た時にはお前しかいなかったぜ」 「まさか、セーラ…うっ…」 自分の声がガンガンと頭に響く。 サキはコーシに服を放って寄越した。 「ま、何にせよとりあえず着ろよ。すぐにM-A達も来るぜ」 痛む頭を押さえながらも何とか服に袖を通し、出来る限り水分を摂取する。 サキは窓辺で深く考え込んでいたが、組んでいた腕を解くと振り返った。 「なぁ、もしかしたらセーラちゃんは…」 「コーシ!!」 サキの言葉に被せるようにでかい声が響く。 M-Aはずかずかと上がりこむと、頭を抱えているコーシに歩み寄った。 「しっかりせぇや!!無事か!?意識が戻らんて聞いて心配したやんか!!」 「じゃあ、もう少し音量下げてくれ…」 M-Aの後ろからカヲルも駆けつけた。 「コーシ、これ飲みな。サキから薬物の可能性があるって聞いたから貰ってきた。分解作用のある茶葉を抽出して出来てる」 手持ちの水で白いカプセルを飲ませると、カヲルは真剣な眼差しでコーシを見た。 「…セーラは?」 「今から、探しに行く」 ふらふらと歩き出そうとするコーシの腕を、サキが掴んだ。 「まぁ、待てよ。話を整理しよう。セーラちゃんは攫われたのか?それとも自分の意思でお前のそばを離れたのか?」 「…多分、自分の意思だ」 「何で?」 椅子に座らされたコーシは、いたく不機嫌そうに言った。 「昨日別れ話を切り出された。俺だってわけが分かんねーよ。急にインプットを解除しろとか言い出して…」 「それ、セーラちゃんが自分で言ったのか?」 「ああ」 「他に何かおかしな様子はなかったか?知らない誰かに会っていたとか」 「それはない。セーラはずっと俺といたから…」 言いながらひやりとする。 ずっと一緒にいたわけではない。 リコの家にいる時は、むしろセーラが何をしていて、誰と話していたかなんて全く知らない。 嫌な予感に思わず立ち上がりかけたが、サキは 視線だけでそれを押さえ付け、ため息をついた。 「コー。あまり考えたくないが、もしかしたらセーラちゃんは気付かないうちに網にかけられたのかも知れない」 「それ…どういうことだよ」 サキは話そうとしたが、その時また勢いよく扉が開いた。 「M-Aさーん!!」 「カンジ!?お前こんな所までついて来て何やっとんねん!!」 「M-Aさんが連絡入れたのに来てくれなかったんじゃないっすか!!見かけたから思わず追ってきちゃいましたよ!!」 カンジはサキとカヲルに気付くとぎょっとした。 「うはっ、も、もしかして何か重要な話し合いの途中でしたか!?」 「いや、まぁええ。ほんで何の用やねん」 カンジは懐から一枚の写真を取り差し出した。 「頼まれてたモノ、やっと見つけて手に入りました!!」 「頼まれてた物?」 「ちょっ、忘れたんですか!?M-Aさんが何とか本物のフラッガの写真が欲しいって言ったんでしょ!?ダミーや偽物ばっかりで探すのめちゃくちゃ大変だったんですからね!!」 「ああ、それか。悪い悪い」 カンジは写真を手渡すと、サキにぺこりと頭を下げてすぐに部屋を出て行った。 「なんだよM-A。わざわざそんな事頼んでたのか」 「どーにもこーにも、あいつの顔が分からんとまたスカ掴むからな。…それにしても、ほんまにこいつであっとんか?思ったより若いな」 M-Aはサキに写真を渡した。 「ああ、間違いない。極悪人のくせに一見穏やかなツラしてやがるんだよな」 コーシはそんな奴より一刻も早くセーラを探しに行きたかったが、ちらりと覗いた写真を見て凍りついた。 「…なっ、こいつ!?」 三人の視線がコーシに集まる。 コーシは写真を奪い取るともう一度凝視した。 そこに写っているのは、服装も雰囲気もだいぶ違うが間違いなく知った顔だ。 サキはコーシから写真を取り上げると冷静に言った。 「こいつをどこで見た?」 唖然とするコーシの手はじっとりと汗ばんだ。 「…フェザー家だ」 「フェザー家?」 「正確には、リップスタウンで襲われた時に…」 言いながら青ざめる。 「まさか…、あの時襲って来た奴らもグルだったのか!?」 あれは親切ヅラでこちらの懐に入り込む為の罠だ。 となればセーラの様子がおかしかったのも、おかしな薬を持っていたのも納得がいく。 「サキ、行こう!!まだフェザー家に奴がいるかもしれない!!」 「…ま、手掛かりとしてはそこが一番有力そうだな。コー、お前はここにいろよ」 「は!?馬鹿言うな!!」 「そんな体で走れんのかよ」 「頭かち割れてでも走るに決まってるだろうが!!」 椅子を蹴立てると、コーシはまだあやしい足取りながらも真っ先に部屋を飛び出した。 「ったく、しょーがねぇな。カヲル、お前はこっちで引き続き変わったことがねーか見ておいてくれ。M-A、行くぞ」 「おうよ」 サキが持っていた写真がひらりと床に落ちる。 そこに写っていたのは、間違いなくユスラの顔だった。
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