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決着
コーシは気力を振り絞って商業区を駆けていた。
少しずつましになっているものの、まだ頭痛も倦怠感も消えない。
だがそれ以上にまんまとセーラを渡してしまった自分への猛烈な怒りが勝った。
「くそっ…、もっと動けよ!!」
苛立って足を殴りつけていると、後ろからサキとM-Aが追いついて来た。
「そうカリカリすんな。視野が狭まるぜ」
「るせーな!!俺は今、自分で自分を締め上げてやりてーんだよ!!」
「だから落ち着けって。フラッガには俺たちですら翻弄されてんだ。お前だけの落ち度じゃねーよ」
横に並んだM-Aは難しい顔をした。
「それにしてもおかしないか?フラッガはまるでコーシがリップスタウンにいつ来るんか知ってたみたいや。いやにこっちの動きが筒抜けやないか」
サキは横目でちらりと見たが、軽く肩をすくめた。
「それ程あっちが上手だって事だろ」
「…」
「ほら、着くぜ」
深刻なところを流された事に疑問を抱いたが、M-Aはそれ以上は何も言わなかった。
何にしても今はそれを話す時ではないという事だろう。
門前まで来ると、コーシは複雑な思いで汗を拭った。
「俺が行ったらもしかしてまた揉めるかも。あんまりいい出て来方しなかったんだよ」
「何だよ、喧嘩でもしてきたのか?」
「…まぁ、似たようなもんだな」
扉に向かうまでに簡単に掻い摘んで話すと、M-Aが小さく吹き出した。
「つまり、最低人間のレッテル貼られた上に閉じ込められたから逃げて来たんか。コーシ、お前日頃の行い悪すぎやろっ」
「お前が言うかよこのロクデナシめ。ったく他人事だと思いやがって…」
「そうだぞM-A。コーは口と態度と目つきと女の付き合い方は悪いが、日頃の行いは別に悪くねーぞ」
説得力全開で頷きながら言うと、コーシはすかさずサキの腰骨に近い左脇腹を掴んだ。
「ちょっ…、やめろ。そこは反則だって!」
「外で醜態を晒したくないなら今すぐその口縫い付けとけっ」
「分かった分かった。お前なんでそんなピンポイントでそこ掴むの上手いんだよっ」
天下無双の男は、コーシの手を払い唯一の弱点を守った。
コーシは目前に迫った扉を見上げた。
「馬鹿やってないで行くぞ」
呼び鈴を鳴らすとバタバタと足音が聞こえ、すぐにリコが飛び出してきた。
「コーシ!?やっぱり、やっぱり戻って来てくれたのね!?」
「リコ…、なんだよその顔…!!」
リコの左頬は真っ赤に腫れ上がっていた。
「私信じていたわ!!必ずコーシが戻ってくれるって信じてた!!」
半狂乱で泣き叫ぶリコの後ろから、むっくりとした大男が鬼の形相で出てきた。
「おぅ、サキじゃねーか。ちょうどいいとこに来たな。お前とお前の倅に話があるんだ」
傍目にも怒り爆発寸前の男は、リコの手を掴むとコーシの目の前まで迫った。
「フェザーの旦那…。帰ってたのか」
「ああ、ついさっきな。皆の様子がおかしかったから問い詰めて話を聞いたところだ」
フェザーは鋭い目つきでコーシを見下ろしていたが、がしりとリコの頭を掴むと強制的に下げさせた。
「すまんかった!!」
「え…」
「この馬鹿娘は病人を盾に君に脅しをかけたそうじゃないか!!挙句に監禁までしただなんて…わしは恥ずかしくて穴があったら入りたいぞ!!」
リコは父の手を離れるとコーシにしがみついた。
「違うわお父様!!コーシは私と結婚するって言ったのよ!!私達愛し合ってるの!!」
「お前は黙っとれ!!この馬鹿娘が!!!」
大喝すると男は岩のような拳をリコに振り上げた。
コーシは咄嗟にリコを背に庇い受けの態勢をとったが、その拳は振り下ろされる前に宙で止まった。
「まぁ、待てよ。旦那」
右手一つで男の拳を掴み止めたサキは、そのままゆっくり下ろさせた。
「これ以上ごつい拳で殴ったらリコちゃんの可愛い顔が永遠に変形するぜ?彼女は今は盲目的だが、愚かじゃない。落ち着いてからよく言い諭せば充分だ」
サキの目に射抜かれたリコは、冷や水を浴びたように冷静さを取り戻しすすり泣いた。
「サキ様…。ご、ごめんなさい。コーシ…ごめんね。ごめんなさい…」
迎えに来たハマクラに連れられて、リコは屋敷の中へ戻って行った。
サキは一つ煙草を咥えると火をつけた。
「あんま責めてやるなよ?リコだってこんなスラムに連れてこられた上にずっと一人で寂しいんだろうよ」
「…すまなかったな、サキ」
「俺は別に実害を被っちゃいねーぜ?それより聞きたいことがある」
くいと顎でコーシをしゃくる。
コーシは頷くと話した。
「ユスラという男を探してる。俺の連れを看病する建前で一週間前ここにいた医者だ」
「ああ、そんな医者もいたと聞いたな。だが数日前に出て行ったようだぞ」
「何でもいい。その後の足取りとか、何か知らねーか?」
「ふむ…」
フェザーは腕を組むと低く唸った。
「火急の用なのか?」
「俺の連れが、そいつに連れて行かれた。一刻を争ってんだ」
「…よし、分かった。それならうちのもん総動員でそいつの情報を集めよう」
これにはサキも目を見張った。
フェザーファミリー総動員となれば相当な数だ。
「いいのかよ?」
「ああ。今回の詫びだ。それに清め日の後じゃどうせろくな仕事はしばらく回ってこんからな」
思わぬ申し出だが、これでまた一つ希望が繋がった。
M-Aはやっと掴んだ敵の手応えに腕を鳴らした。
「これで今度こそフラッガ本人を引き摺り出せそうやな」
「ああ…」
サキはまだ一人考え込んでいる。
「なんや?まだ何か気になるんか」
フェザーと話し込むコーシに聞こえないように、さり気にM-Aに頭を寄せる。
「…M-A、相手は相当頭の切れる根性悪だ。それにもう一つの目的もある」
「あれか、お前の暗さ…」
「しっ」
サキは辺りに目を配った。
「恐らくフラッガの痕跡は出てくる。だがほぼ間違いなく辿り着く先に待ち受けてんのは罠だ」
「…」
M-Aは目を険しくした。
そこまで分かっているのにわざわざその罠に飛び込むことはない。
今回は見送って、またフラッガ探しを一から始めればいいだけの話だ。
だが…。
「…やめとけ。って言うても、やめるわけないか」
「…」
何故ならコーシは罠だと知っても確実に行くからだ。
ここでサキがやめる事は絶対にない。
M-Aは苦いため息をこぼした。
「今お前にもしもの事があれば、冗談じゃなくスラムは傾くんやぞ」
「そんなにヤワじゃねーさ。スラムも、俺もな」
「けっ。ほんまやったらお前を殴り落としてでも繋ぎ止めるとこや」
「お、やるか?」
「アホか。そんな無駄な労力使うかい」
言って聞かないなら、せめて隣で守るまでだ。
「フラッガの居場所が割れ次第すぐに向かう。さっさとカタをつけて終わらせるぜ」
「せやな。ま、俺とカヲルとお前がおれば大体のことは何とかなるやろ」
フラッガの情報は予想通りそれなりに手に入った。
浮かび上がったのは商業区と南区の境にある広い荒野。
内戦が起きた平地ではなく、谷のように地面が割れた地だった。
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